蜀犬 日に吠ゆ

2009-03-25

[][][]賢者について(その5) 21:29 はてなブックマーク - 賢者について(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

Ⅰ章 賢者についての考察

14

智恵ある者は騙されても

すべきことを見失わない。

蟻は目がなくても

目がある者よりすばやい。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 自分のなすべきことがしっかり分かっていれば騙されない、ということでしょうかね。蟻の譬えは。

Ⅰ章 賢者についての考察

15

智恵のある者二人が合議すれば

もっといい智恵が浮かんでくる。

鬱金(うこん)と硼砂(ほうしゃ)を混ぜれば

別の色が生じる。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 誰でも「三人寄れば」などといってしまう日本のことわざよりも、こちらの方が現実に即していると思います。愚者というのは、他人と話し合うことさえできない連中ですから。相手が賢者であれば会話を成立させるくらいのことにはなるのでしょうけれども、合議だなんて無理でしょうねえ。しかしこの場合の賢者とは、「つねに真理を探究する者」であり、「答えを知っているようにふるまう者」ではないので注意。(格言1、10を参照)


Ⅰ章 賢者についての考察

16

福徳を積んだ賢者は

一人でも誰にも勝る。

百獣の王ライオンや

転輪王*1には助けはいらない。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 

*1:16 転輪王 古代インドの思想的統治者。即位の時、天から宝の輪を感得し、これを転がして四方を征服するといわれる。

2009-03-23

[][][]賢者について(その4) 20:09 はてなブックマーク - 賢者について(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

Ⅰ章 賢者についての考察

11

智恵に守られた賢者は

敵が多くても傷つかない。

ウッジャイニー*1のバラモン*2の子は

大勢の敵を一人で退けた。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 日本なら、賢者は争わないとかそういう理想論が格言になりそうですが、降りかかる火の粉をどうするのかという問題がありますよね。愚者のすることだからと寛容をもって臨み、結果として炎上するということは、実によくあることですから。大勢を敵に回して傷つかないのも賢者、というか賢者でいるための資質なのかもしれません。

12

愚者が口論し争う時

賢者は巧みに和合させる。

川の流れが濁っても

水を浄める宝はそれを浄める。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 「水を浄める宝」というのが智恵の譬喩なのでしょう。しかしこれは賢者にとっても簡単なことではないでしょうね。自分が賢者であることは、愚者を「ほんのちょっと賢くする」ことの困難にくらべればなんでもないようにも思います。

13

賢者はいかに窮しても

愚者の道は歩まない。

ツバメはいかに喉が渇こうとも

地面に落ちた水は飲まない。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 愚者の道を歩むものを愚者といい、賢者の道を志すものを賢者というのではないでしょうかね。『徒然草』第八十五段「人の心すなほならねば」の有名なフレーズ「狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。」と同じで、日本人には理解しやすい格言ですね。

 だから、バカを装って金を稼ぐことが絶賛される昨今、「バカの真似はバカじゃできない」などと弁護する人もいますがそれはやっぱりバカと呼んでかまわないのです。「どうも親バカでしてすみません」などと開き直る人も、結論から言えばバカですよね。

*1:11 ウッジャイニー 地名。故事未詳。

*2:11 バラモン ヒンドゥー教の四カーストの最上位

2009-03-22

[][][]賢者について(その3) 21:20 はてなブックマーク - 賢者について(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

Ⅰ章 賢者についての考察

9

あらゆる功徳を備え大成した賢者は

一人でもって世間を照らす。

知恵の劣った者は数多くても

星のように照らすことが出来ない。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 日本には「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがありますね。しかし、情報格差などともいわれるなかで、物の道理を知らない人が首つきあわせても、基本的な知識がなければ問題解決の妙案が出たりはしないと言うこと、その通りだと思います。

10

賢者は功徳が広大でも

他人の功徳までも吸収する

絶え間なくそうすることで

すみやかに一切智*1に達する。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 賢者であることに驕ることなく、日々精進というのはいつの時代でも真理でしょうね。

*1:10 一切智 すべてを知りつくすこと。仏の境地。

2009-03-21

[][][]賢者について(その2) 23:17 はてなブックマーク - 賢者について(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

Ⅰ章 賢者についての考察

5

 智恵のある者は弱っても

 さらに智恵の力を増大する。

 百獣の王は飢えると

 すみやかに象の頭を襲う。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 意味不明。

6

 賢者は論議し質(ただ)さないかぎり

 その深奥さが分からない。

 太鼓はばちで叩かなければ

 他の者との違いが分からない。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 ためされていないものを賢者と崇める危険性の話かも。

7

 明日死のうとも学問する。

 今生で賢者になれなくても

 学問を来世に託して

 受け取るようなものである。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 生まれかわって、この格言をまた読めるでしょうか。読めたらいいのですが。

8

 功徳のある人のところには

 人は集めなくても、集まってくる。

 香(かんば)しい花は遠くにあっても

 蜂は雲のように集まってくる。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 この件に関して言えば、わたしは「賢者を賢者たらしめるのは賢い弟子である」という考えですので、花と蜂の比喩にしてみれば蜂を褒めよ讃えよといいたいですね。蜂こそが、花を選んで群れ集うのであり、賢者が愚者を選ぼうなどとはおこがましいでしょう。 

2009-03-20

[][][]賢者について~~今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫 21:11 はてなブックマーク - 賢者について~~今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ついでなので『サキャ格言集』も読んでみます。続かなそうだ、などと自分で言ってしまっては台なしなので、できるところまでやってみます。

サキャ格言集 (岩波文庫)

サキャ格言集 (岩波文庫)

Ⅰ章 賢者についての考察

1

 功徳の蔵を持った賢者は

 貴い格言を集める。

 大海は川の蔵であり

 川はすべてそこに流れる。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 賢者を気取るつもりはありませんけれども、志は高く、貴い格言を集めていきたいものです。「述而不作。」あるいは「賢者もすなる格言集めといふもの、愚者もしてみむとてするなり」。まあ賢者が集めた格言をぽつぽつ読むのが関の山なんですけどね。

2

 人に功徳があるのかないのかを

 見きわめる知恵を持った者が賢者である。

 埃と混じった砂鉄を

 磁石は吸い付けることができる。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 うーん、この格言には困りました。

 むしろ私は禅の徒でして、常に「無功徳」の立場です。すみませんです。

中国禅宗史話―真字「正法眼蔵」に学ぶ

中国禅宗史話―真字「正法眼蔵」に学ぶ

その二 無功徳――武帝と達磨――

 梁の武帝(四六四―五四九)と達磨の則は、『景徳伝燈録』巻三にも存するが、ここでは、それより古い『祖堂集』巻二によって、訓読で紹介しよう。

爾(そ)の時、武帝問う、「如何なるか是れ聖諦第一義」。

師曰く「廓然無聖」。

帝曰く、「朕に対する者は誰(た)そ」。

師曰く、「識らず」。

又た問う、「朕、九五(てんしのくらい)に登りてよりこのかた、人を度し、寺を造り、経を写し、像を造る。何の功徳か有る」。

師曰く「功徳無し」。

帝曰く、「何以(なにゆえ)に功徳無きや」。

師曰く、「此れは是れ人天の小果、有漏の因なり。影の形に随うが如く、善因有りと雖も、是れ実相に非ず」。

武帝問う、「如何なるか是れ実の功徳」。

師曰く「浄智は妙円にして、体自ずから空寂なり。是(かく)の如き功徳は、世を以て求むることあらず」。

武帝、達摩の言う所を了(さと)らずして、容(かたち)を変えて言わず。

達摩、其の年の十月十九日、自ら機の契わざるを知りて、すなわち潜(ひそ)かに江の北を過ぎ、魏邦に入る。

志公、特(わざ)わざ帝所に至り、問うて曰く、「我れ聞く、西天の僧の至れり、と。今、何(いずれ)の所に有りや」。

梁の武帝云く、「昨日、送りて江を過ぎて魏に向かう」。

志公云く、「陛下は之に見(まみ)えて見えず、之に逢いて逢わず」。

梁の武帝問うて曰く、「此れは是れ何人ぞ」。

志公対(こた)えて曰く、「此れは是れ仏の心印を伝える観音大士なり」。

武帝乃(すなわ)ち之を恨んで曰く、「之に見えて見えず、之に逢いて逢わず」。

即ち中使趙光文を発して、彼(かしこ)に往きて之を取らしむ。

志公曰く、「但だ趙光文一人のみにあらず、闔国(こうこく)にて取るも亦た廻(かえ)らず」。(Ⅰ―七二~七三)

石井修道『中国禅宗史話』禅文化研究所

 求めれば失うのが功徳ということですから、功徳のありなしを人智にて知ろうとするのは「有漏の因」、迷いのもとになるということでしょうね。

 ちなみにこの話自体は荷沢神会(六八四―七五八)の創作らしいです(上掲書)。

3

賢者は格言を理解するが

愚者はそのかぎりではない。

太陽の光が現れると

フクロウは盲目となる。

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 うう、格言が理解できないのは愚かの故なんですね。精進します。

4

智恵のあるものは過失を

取り除けるが、愚者にはできない。

ガルダ鳥*1は毒蛇を殺せるが

カラスにはできない

今枝由郎訳『サキャ格言集』岩波文庫

 「上知と下愚とは移らず」ではありませんが、賢者は正しく愚者は誤るというのは原因と結果が逆転していると思います。人は賢者になることができるというのが仏教だと思うのですが、そのための道筋は後で示されるのでしょうか。

*1:4 ガルダ鳥 ヒンドゥー教で、鳥類の王と見なされる伝説上の巨鳥。漢訳仏典では「迦楼羅」と音写される。