蜀犬 日に吠ゆ

2017-10-09

[][][][]『泣き虫弱虫諸葛孔明』 第四部 文春文庫 17:44 はてなブックマーク - 『泣き虫弱虫諸葛孔明』 第四部 文春文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 第肆部ではないんですね。

 さて、第参部が赤壁でして、孔明先生絶好調。

 そして第四部となりますと、蜀とり、でございまして、ついに天下三分なる。しかし、広大な領土を得て曹操、孫策に並ぶとなるところでついに劉備三兄弟は離ればなれになります。すなわち劉備は漢中獲得のため、陽平関を拠点に置く(軍師は法正)。関羽は荊州を呉軍から守るため外交や戦争に翻弄される(魏だってもちろん攻めてくる)。蜀の都で留守を守るのは諸葛孔明。

 三国鼎立は、決して天下の安定をもたらすものではなかったわけで、事態いよいよ風雲の急なるを告げるわけですが、緊迫してきたせいで、ギャグがなくなり、孔明の変態性もどんどん失われていくのが悲しい。幕の裏で変な踊りをおどるくらいで、あとは主君劉備のため、蜀の民のためにひたすら働くのみである。劉備の参謀となった法正だって、ぐんしーするわけではないですし。

 孫夫人を孔明邸に招待したとき、諸葛均夫妻がまだいたあたりはギャグを忘れていない感じですけど、陸遜が八陣図に捕らわれたとき、なぜか登場する黄承彦(こうしょうげん)などは、第壱部の三顧の礼のときにだいぶいじっていましたが、今回はサラッと流されてしまったのでさびしい。「えーいわしが出ずしてどうする」「お父様やめて」と黄氏(孔明夫人)とかけあいをしていた頃が、懐かしい。

 関羽が死んだら、こうですよ。

 われわれは今、最も『三国志』らしい部分を見ているのかもしれない。この天下の情勢において、義弟の讐(あだ)うちということのためのみに、大戦を起こそうとしている。いや、おこす劉備という人物のことである。こんな理由で戦さをおこす、しかも状況は否であるというのに、敢えてやるという執念。劉備の東征は『三国志』物語の中で最も面白いというか、グッとくる名場面なのではなかろうか。歴史上、希有なことであるに違いない。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第四部 文春文庫

 しんみりそんなことを語られたら、「ギャグをもっと! まめ知識をもっと!」と騒いでいる私がアホみたいではないですか。麦城の関羽を見殺しにした劉封を処刑したあとしくしく泣いても、変態性が足りない。

 慌てて付け足しをいいますけれど、面白かったですよ。初期と作風がちょっと変わったなあ、ということが言いたかっただけです。

 連載および単行本の方は第五部(伍かしら)で完結したということです。つまり前半が南蛮遠征、後半は「出師の表」ですか。楽しみです。

2015-08-25

[][][][]じゃよ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』新潮文庫 22:54 はてなブックマーク - じゃよ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』新潮文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 待望の文庫化

いいかげんにしろ

2012-01-05

[][][][]酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第弐部 文春文庫 21:20 はてなブックマーク - 酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第弐部 文春文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ようよう地の果て宇都宮にも配本が来ました! わーい。並べるのが遅いですよ!

泣き虫弱虫諸葛孔明 第弐部 (文春文庫)

泣き虫弱虫諸葛孔明 第弐部 (文春文庫)

 しかも相変わらずひどい。

孔明、途端にいきなり博望坡(はくぼうは)を燃やす

 新野は劉備軍団のせいで有名になってしまっただけの何の罪もない天然な小城にすぎないのであった。新野は何故か(もないものだが)『三国志』関連の地図には必ず大きめの点が打たれて目立ち、それこそが異常というしかないのは承知せざるを得ないところだ。大げさに言えばバスケットボール大の地球儀の日本列島の真ん中あたりに、サンフランシスコと同じ大きさの黒点で、”新宿”と打ってあるような(Tokyoはその隣)、何かの間違いであろう。これでは衛生軌道上から新宿区をピンポイント爆撃するにも誤差がありすぎで、宇都宮に命中してしまっても仕方がない。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第弐部 文春文庫

 仕方がない、で済ます気ですかぁーーーーー! 宇都宮にだって、穀潰しやニートが済んでいるんですよ!! まあ衛生軌道上から新宿が爆撃される事態に至ったら、文句も言えないのでしょうけれどもねえ。

 しかし相変わらず酒見先生ひどい。体調を崩されているとのことで、ご健勝をお祈り申し上げます。

 

2010-04-18

[][][][]ドラゴンクエストⅡ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その5) 23:26 はてなブックマーク - ドラゴンクエストⅡ~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

 龍の探索、二回目。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 さて臥竜訪問一発目が不発に終わった劉備は、関羽の言を聞いて孔明の消息をしらべてから、再度急襲することに決めた。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p516

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 そして数日後、密偵の報告では、

「孔明と思われる怪しい男が自宅にいるのを確認した」

 ということだった。

「よし。関羽、張飛、現場にいそぎ飛ぶぞ。劉備軍団の威信に賭けて、今度こそヤツの身柄を押さえる」

 とはいうものの劉備の乗り気のなさに変化はない。

(雪降ってて寒いのに。面倒くさいな、行きたくないな)

 とか、登校拒否児童のような、かなり嫌気がしている。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p516

 歴史を既に知っている我々は、二度目の訪問も空振りになることが分かっているので、「晴れてからでいいジャン」とか思いますが、結果を知ってから動くことが出来ないのが、人生なのでしょうね。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

先に張飛が(略)不満顔で吠えた。しかし先に本音を鳴らされると、なんか同意したくなくなるへそ曲がりな気持ちは誰にだってあろう。劉備は、例によってきりりと表情を引き締めポーズをつくり、きっと張飛を睨み付けた。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p518

 意地っ張りでとりあえず臥竜岡にむかう義侠三兄弟。そこに、孔明の罠ならぬ、龐徳公の罠が炸裂!

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 隆中に入ると、さすがに今日は農夫たちの姿はない。雪に馬の足が沈み、難渋しつつさらに行くと路傍にぽつんとたつ酒家が見えた。しかもこの大雪の中でも営業しているらしく、中から高吟談笑の声が聞こえてくる。

(はて? 先日足を運んだ折には、こんな店はなかったが)

 関羽、張飛もそう思ったらしく、訝しげな表情だ。(略)

 怪異譚ではこういう場合、狐か狸か妖怪か仙人が、疲れた旅人に幻覚を見せているか、思い切り夢だったというオチが定説である。疑うべきであった。しかし渇きに苦しんだ末にオアシスを見つけた旅人の心中には疑念が湧き起こる余裕などないものである。劉備らは馬を繋ぐ手ももどかしく、鼻水垂らして酒家に駆け込んでいった。『三国志』の読者はこのくだりを変に思わないのだろうか。恥ずかしながらわたしも最初は何とも思わなかった。恐ろしいことだ。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p519

 わたしも酒見先生に指摘されるまで何とも思っていませんでした。恐ろしいことです。

2010-04-16

[][][][]ドラゴンクエスト~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その4) 21:04 はてなブックマーク - ドラゴンクエスト~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

 劉備が孔明を迎えに行きます。龍の捜索。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 『三国志演義』の臥竜出廬のくだりは、次から次に襲いかかる謎また謎の、ほとんど推理小説の趣もあり、確かに謎だらけで、名探偵劉備が(バイオレンス刑事の張飛でもいいけど)真相を解明してくれなければ夜も眠れなくなるほどに謎に満ちている。「臥竜岡の秘密」「臥竜殺人事件」とか秋の夜長に分厚い一冊が編集できそうである。一番の謎は、ただ孔明に会おうというだけの劉備に明らかに共謀故意らしき、次々に謎めいた人物が接触して、しかし犯人(じゃないけれど)の孔明はその姿をちらりとも見せようとしないところにある。劉備よ、主人公ならこの謎を一刀両断にしてくれ!

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-

 しかし、玄徳の武器は二刀流なのでした、ちゃんちゃん♪

第一回

二人はこれを聞いて、一かたならず喜び、すすんで良馬五十匹、金銀五百両、鉄一千斤をおくり物として用立てたいと申し出た。玄徳は礼をのべて二人を送り出すと、鍛冶屋に言いつけて、二本合わせの剣を打たせ、関羽はなぎなた青竜偃月刀、又の名は冷艶鋸というのを作らせた。重さは八十二斤。張飛は一丈八尺のほこ点鋼矛を作らせ、それぞれよろい、かぶと一そろいをととのえ、合せて五百人余りの義勇兵を集め従えて、

小川環樹 金田純一郎『完訳三国志』一 岩波文庫
完訳 三国志〈1〉 (岩波文庫)

完訳 三国志〈1〉 (岩波文庫)

 また脇道にそれますが、張飛の蛇矛も、おかしな武器といえば武器ですよね。

 西洋でいえば、フランベルジュ。フランベルジュって、鞘をどうするのか昔からすごく不思議だったのですが、儀式用の刀だと考えればどう使ったのかは悩まずにすみます。しかし、蛇矛は、なにかいい事ある武器なのでしょうか。さんごくし探偵酒見賢一、推理が冴えます。

孔明、思いを宇宙に致し、泣いて劉皇叔を虜となす

「もらったぜ。おれの蛇矛も血を吸いたがって、泣いてやがる」

 張飛はくねくねした刃をべろりと舌で舐めた。

 気になると言えば張飛の一丈八尺の蛇矛である。張飛の蛇矛は、簡単に言えば柄に蛇のようにくねった穂先がついた変形槍なのであるが、そのくねり刃は使い勝手から見てもあまり意味のなさそうな珍兵器ではある。これは張飛が鍛冶屋に特注して鍛たせたものであり、張飛に何故かと訊けば、

「こいつで斬られたら傷はふさがんねえぞ。斬られた奴らが苦しみのたうつのがたまらねえじゃねえか。ほんとうはノゴギリ刃をつけたいところだが、戦さ場じゃ押し引きしている間はねえからな」

 とただの残酷趣味、Sなことを率直に答えるはずだ。おそらく。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p602-

 なるほど、深く納得。


 閑話休題

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 建安十二年(二〇七年)冬。

 ついに劉備玄徳が臥竜岡を訪れる秋(とき)がきた。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 このとき劉備は三千の兵を引き具したという説もあるが、それではほどんど戦さ支度である。山賊退治にもそんなに兵はいらないだろう。ある並行宇宙世界の『三国志』では、大げさではなく狂気の魔術師孔明と臥竜岡を衛る自動装甲機兵との合戦が予想されたのかも知れぬ。何事も用心するに越したことはない。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-

 最初のトラップは、農民達のうたう歌。農作業で忙しいだろうにいちいち劉備に聞き取れるように歌う。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 劉備は(略)

(なんだ、このまがまがしいまでに脱力感あふれる、世の中を馬鹿にしくさった旋律は)

 舌打ちし、馬を止めて歌っていた農夫に訊いた。

「その(聴いていると能が腐りそうな)歌は誰がつくったのか」

「へえ、臥竜先生がつくった歌でございます」

 との返事。劉備は

(やはりそうか)

 と思った。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-

 しかし、農夫と話してしまったことで、すでに孔明の罠にかかりはじめていることに、劉備はまだ気づきません。げええっ、劉備、にげてー!

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 返り見て、口ごもりがちだった不審な農夫の態度に、張飛の目がぎらりと光った。

「わかってきましたぞ。どうやらわれらが潰すべき悪党がおる、ということなのですな、兄者」

 酒に飢えた狂虎の目であった。

「そういうことなら、一日酒を止められたくらい、なんのことはない」

 この三人、まだ尻の青い頃、悪党(たいてい金持ち)の噂を聞くと、正義のために天誅を加えて回った(解釈にもよるが見た目は強盗)若気の至りの過去がたんとある。鼠小僧か五右衛門か、義侠なんだから仕方がない。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 乱暴者は張飛だけではない。劉備だって督郵(いちおう汚職役人)をリンチにかけて逃亡したことは『三國志』にきっちり書かれている。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-

 しかしあいてはなにせ孔明ですからねえ。劉備三兄弟、危地に入る!


 しかし、孔明は留守。これも孔明の罠。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

 中国拳法によくある入門話では、一度追い返されたくらいであきらめるようでは失格で、雨が降ろうが嵐になろうが、会えるまで何十日でも門前に座り込むのが礼儀で心意気のはずであるし、イメージとして劉備ならやりかねないのだが、このときそんなことはまったくしていない。やる気あんのか、といったら、ない、ということであろう。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-

 しかし、劉備って基本的に「来る者を拒まず」で受け入れて、それが有能である、というイメージですよね。本当に、孔明に三ベン会いに行ったのは例外中の例外ではないでしょうか。関羽や張飛とどうやって意気投合したのか知りませんが、ほかにも趙雲なんて勝手についてきただけですし、陶謙のところにいたとき糜竺とか孫乾がついてきましたし、黄忠にせよ馬超にせよ、こんなに情熱をもって迎えに行った人って、いませんよねえ。

 帰り道に崔州平と会うも、ごく軽い感じのスカウトしかしませんしね。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

「孔明どののことは仕方ありますまい。それより先生、先生のご見識もただならぬものがありとお見受けいたした。よろしければ、みどもを手伝ってくださるまいか」

 とハントを開始した。かっこよさそうなやつがいたら、二の口からは誘いの言葉を述べるのは、これまた劉備の癖である。同じく人材を求めるにしても曹操とは違っていて、たとえて言えば劉備は町で可愛い娘を見掛ければほとんど条件反射的に、

「ねえ、お茶しない?」

 と声をかけるのが当然のマナーだと思っているくらいに軟派な男であった。(略)後々、龐統に声をかけずに失礼しちゃうのは、龐統のかっこが悪かったからか。しかしお目当ての娘が留守だったからといって、間髪入れずにその娘の友達に声をかけるというのもどうかと思う。げんに崔州平は、

(略)

「あたしはフリーが好きなの。まえはとにかく、今は彼氏なんか、欲しいとも思わないんだから。シーユーアゲーン」

 失礼しちゃうわ、ぷんぷん、と言っているのと同じだ(と思う)。劉備にデリカシーなし。

 劉備は関羽、張飛に、ちぇっ、振られちゃったぜブラザー、と照れ笑いしながら振り返った(ように見えた)。張飛が

「ちっ。孔明とやらには会えず、あんな腐れ儒者にながながとたわ言をほざかれてしまったぞ」

 と忌々しそうに言った。焼いているのか、張飛翼徳。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-

 そしてすべてが、孔明の罠という恐怖。

泣き虫弱虫諸葛孔明 第壱部 (文春文庫)

泣き虫弱虫諸葛孔明 第壱部 (文春文庫)

2010-04-13

[][][][]美髯公~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その3) 21:42 はてなブックマーク - 美髯公~~酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

 寄り道、というか、関羽の話。

孔明、三顧に臨み、隆中、歌劇場と化す

関羽が張飛を押さえてずいと出た。後に”神”となり、帝号まで与えられ、子どもからお年寄りにまで人気抜群に信仰されることになる、この一介の武辺は、身の丈九尺(訳二メートル七センチ)、丹鳳の目、臥蚕の眉毛、顔は俵を二つ重ねたよう(どんな顔だ?)、二尺の美髯、声は釣り鐘ほど大きい鬼神の如きこの男が迫り来れば、何を悪いことをしていなくても、

「悪うございました! おゆるしくだされ!」

 と反射的に言って負け犬のように腹を上に向けて寝ころぶよりほかないだろう。関係者が、

「ここだけの話だが、ほんとうにヤバイのは張翼徳じゃねえ。関雲長の方だ。おれは見たんだ……」

 とひそかに囁き合っているのは公然の事実、不死身の殺戮マシーンであり、”春秋の義”とやらに反することに出会うとぶちキレて見境を無くすからまことに始末に負えない(でも劉備の不義だけは見て見ぬふりをする)。己を正義と確信する者が最も残虐になれる、という箴言も『春秋左氏伝』に書いておいて貰いたかったと青龍偃月刀のもと虫けら同然に撃殺された地下の人々は嘆いているだろう、たぶん。これでもし関羽に将才がなかったら、歴史には目的遂行のために他人の迷惑を顧みずひたすら殺戮を繰り返すターミネーターだと書かれてしまったろう(関羽と張飛の違いは、張飛は目的が無くても遂行するという点である)。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p554-
泣き虫弱虫諸葛孔明 第壱部 (文春文庫)

泣き虫弱虫諸葛孔明 第壱部 (文春文庫)

 というわけで、正史を見てみましょう。

関張馬黄趙伝 第六

(関羽伝)

 関羽は字を雲長という。もとの字を長生といい、河東郡解県の人である。本籍から涿郡に出奔した。先主(劉備)が故郷で徒党を集めたとき、関羽は張飛とともに、彼の護衛官となった。

陳寿 井波律子訳『三国志』5 蜀書 ちくま学芸文庫

 まあ普通の人ですよね。劉備のもとで、張飛と出会ったのでしょうか。

関張馬黄趙伝 第六

(張飛伝)

 張飛は字を益徳といい、涿郡の人である。若いときに関羽とともに先主に仕えた。関羽が数歳年長であったので、張飛は彼に兄事した。

陳寿 井波律子訳『三国志』5 蜀書 ちくま学芸文庫

 先主伝にははじめ名前も出て来ません。

先主伝 第二

(先主伝)

 先主は読書がそんなに好きではなく、犬・馬・音楽を好み、衣服を美々しく整えていた。身の丈七尺五寸、手を下げると膝にまでとどき、ふり返ると自分の耳を見ることができた。口数は少なく、よく人にへり下り、喜怒を顔にあらわさなかった。好んで天下の豪傑と交わったので、若者たちは争って彼に近づいた。中山の大商人張世平・蘇双らは、千金の資本をもって、馬を買いに涿郡に往き来していたが、先主を見て傑物だと考え、そこで彼に多くの金財をあたえた。先主はこのおかげで、資金を手に入れ、仲間をかり集めることができた。


 (後漢の)霊帝の末年、黄巾の賊が起り、州郡はおのおの義兵を挙げた。先主は仲間をひきつれ校尉の鄒靖に従って黄巾の賊を討伐し、手柄を立て、安喜の尉に任命された。

陳寿 井波律子訳『三国志』5 蜀書 ちくま学芸文庫

 「春秋の義」云々にかんしては、記述はありませんが、

関張馬黄趙伝 第六

(関羽伝)

 『江表伝』にいう。関羽は『春秋左氏伝』が好きで、暗記していただいたい全部口誦することができた。

陳寿 井波律子訳『三国志』5 蜀書 ちくま学芸文庫

 とありますから、かなりのインテリですね。どちらかというと「戦国の術策」が好きなんじゃねえの? という感じもします。

関張馬黄趙伝 第六

(関羽伝)

 『蜀記』にいう。そのむかし劉備は許にいたころ、曹公とともに狩猟をしたことがあった。狩猟のさなか、人々はばらばらになった。関羽は劉備に曹公を殺すように勧めたが、劉備は聞き入れなかった。夏口にいて、長江の岸辺を彷徨う身の上になると、関羽は腹を立てて、「先日、狩猟の最中に、もしも私の言葉に従っておられたならば、現在の苦しみはなかったはずですが」(略)

 臣裴松之は考える。(略)関羽が、もし万一、このように勧めて、劉備が聞き入れなかったのだとすれば、おそらく曹公の腹心の部下や親類縁者など、実に多くの仲間がいたのだから、前もって計画をねらず、とっさに行動に踏みきるわけにはいかなかったのである。

陳寿 井波律子訳『三国志』5 蜀書 ちくま学芸文庫

 罠を仕掛けるほどの陰険さはなかった、ということでしょうか。しかし建前は同盟中なのにいきなり殺そうとするあたり、「春秋の義」とどう折り合いをつけるのでしょうか。

 ところで関羽の戦い振りはというと、

単福、劉皇叔にからめとられて初陣に懲りる

 関羽は関羽で、庭の雑草を丁寧に一本一本抜くように、一般の兵ではなく隊長クラスの兵を選び探して殺している。関羽はヒラの兵卒は見逃して、えばって命令を叫んでいる、ちょっといい甲を着た奴が大嫌いなのだ。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第壱部 文春文庫 p234-

 これの典拠はこれでしょうか。

関張馬黄趙伝 第六

(張飛伝)

 そのむかし、張飛の勇猛ぶりが関羽に次ぐものであったので、魏の謀臣程昱たちはみな関羽と張飛には一万人を相手にする力があると賞讃していた。関羽は兵卒を好遇したが、士大夫に対しては傲慢であり、張飛は君子(身分の高い人)を敬愛したが、小人(身分の低い人)にあわれみをかけることはなかった。

陳寿 井波律子訳『三国志』5 蜀書 ちくま学芸文庫

 まあ、身分ばかり高くて『左氏伝』も知らないような奴、腕っぷしも関羽の方が上なのですから尊敬したりへりくだったりする理由はありませんよねえ。


 中国の度量衡の話。関羽の身長「九尺」って、後漢時代だと一尺が約23センチだから二メートル七センチですが、講談が発達した宋元時代の一尺は30センチなんですよねえ。そしたら二メートル七〇センチか……それはなんぼなんでも無茶ですね。ということは、『演義』は後漢の度量衡で語られ、聴いていた民衆も頭の中で換算していたのでしょうか。高度ですね。

正史 三国志〈5〉蜀書 (ちくま学芸文庫)

正史 三国志〈5〉蜀書 (ちくま学芸文庫)


 関羽のすごいところは、死後。

怨霊から最高位の神へ

 北宋の頃、解に蛟(龍の一種)が現われて洪水を引き起こしていたとき、成仏後に神将となった関羽が降り立ち、ばっさりと退治した。関羽はときに天師道の張虚靖に使役される身の上で、魔怪退治に活躍させられる。天師道は道教の有力門派であり、ここにおいて関羽は道教に取り込まれたらしい。

 この時期の関羽はまだ位が低く「関元帥」と呼ばれる武力神でしかなかった。ただし同時に地獄を取り締まる閻魔大王のような仕事もしており、その場合は「鄷都馘魔元帥」である。またの名を「協天大帝関聖帝君」といい、儒教も『春秋左氏伝』を愛読していた関羽を捨て置かず、「文衡聖帝」と呼んで守護神とした。民間では親しく「関恩主」と呼んだ。

 関羽は神界で出世すると同時に人界でも出世し続ける。中国では時の政権が古人のよき行いを鑑みて地位をあげ、追号することが多く行われる。三国時代には劉禅が関羽を「壮繆公」に封じた。これは父を助けて功のあった関羽を称えて地を贈ったということで、意味は分かる。そののち数百年は音沙汰無かったが、関羽が神界で復活し「関元帥」となった頃には宋王朝からも「崇寧真君」というもはや神様扱いの追号を受けた。元の時代には「顕霊義勇武安英済王」を与えられ、ついに王となった。明代には当たり前に「関帝聖君」と呼ばれるようになり、とうとう帝位にのぼり、位が極まったのである。明末には「三界伏魔大帝神威雲天尊関聖帝君」が追号され、三界にわたる帝王であり、現実の皇帝よりも偉大になっている。生前、異常なまでに気位の高かった関羽も感涙して大満足するであろう。

 とどめは清代に贈られた「忠義神武霊佑仁勇威顕国保民誠綏靖翊賛宣徳関聖大帝」であるが、もう、どういうふうに偉いのか贈った者にも分からない、貰って嬉しいのかどうか聞きたくなるような称号である。清は太祖ヌルハチの挙兵以来、東北異民族ではあるものの、常に関羽の神助があっって戦勝し、清朝が興きるのに大恩があったという。よって王室の守護神として崇めることにした。清代には関帝廟のない村はないといわれるほどに全国的な信仰対象となった。

 かくて関羽は神界において横綱級、人界における評価も”文廟の孔子””武廟の関羽”と決定。こういう相手に商売繁盛などを祈願していいものか、と悩んでしまうほどの偉大さだ。

酒見賢一『中国雑話 中国的思想』文春新書
中国雑話 中国的思想 (文春新書)

中国雑話 中国的思想 (文春新書)


 関羽と張飛の違いについて、井波先生からも一言。

 劉備という人はこの後も一事が万事この調子で、およそ自分から何かを積極的に仕掛けるということがない。主に前半は関羽・張飛の、後半は軍師諸葛亮の意見に従い、いわれるままに動いている感があります。たいていの場合、張飛がすぐに「殺してしまえ」と逆上し、関羽が冷静に「いま息の根を止めておくべきだ」と助言する。

井波律子『中国の五大小説』上 岩波新書

 一緒や! 即決しても考えても結論は一緒!