蜀犬 日に吠ゆ

2017-05-03

[][][]聖賢の道、いざ行かん~~中田勝『王陽明靖乱録』明徳出版社 22:24 はてなブックマーク - 聖賢の道、いざ行かん~~中田勝『王陽明靖乱録』明徳出版社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 そういえば、書き留めておかなかったので、目次を示しておきます。

 父である龍山公の逸話から始まり、王陽明の一代記を記す靖乱録は、史実に沿った出来映えだということで、王陽明の(「素晴らしい」)生涯を私はこれで学んでおります。

 王陽明の「山中の賊を破るは易し、心中の賊を破るは難し」という名言を生んだ、寧王宸濠を鎮圧するお話です。もちろん、勝利の後には皇帝の側にいる奸臣に妬まれて苦労します。やっぱし、中国はすげえ。

 五溺(若いころ、任侠、辞章、騎射、神仙、仏教に耽溺した)あたりの逸話がないのが不満です。

王陽明靖乱録 目次

  • 凡例
  • 解説
    • 一、明朝前後の社会生活の特徴 …  一一
    • 二、『靖乱録』の主人公と編者 …  一二
    • 三、解題ならびに原本、和刻本、海外版 …  一四
    • 四、『靖乱録』の組み立て …  一六
    • 五、王陽明の足跡と『靖乱録』 …  一八
    • 六、『靖乱録』の出来映え … 一九
    • 附録
  • 本文
    • 一、陽明学は孔子学の正伝にして、「致良知」を家法とする … 二七
      • 1 王陽明の出身県 …  二七
      • 2 道学の二字について …  二八
      • 3 上代の学問について …  二八
      • 4 漢代の学問について …  三〇
      • 5 唐代の学問について …  三〇
      • 6 宋代の学問について …  三一
      • 7 元代並びに明代の学問について …  三一
      • 8 「致良知」は陽明学の神髄 …  三一
    • 二、父の逸話と奇話、並びに王陽明の誕生と幼年時代の逸話 …  三三
      • 1 父の六歳の時の逸話 …  三三
      • 2 父の七歳の時の逸話 …  三四
      • 3 父は十一歳にして詩文を作る …  三五
      • 4 塾師、少年龍山公に驚嘆する …  三六
      • 5 少年龍山公の剛胆と沈着 …  三七
      • 6 龍山公の結婚と王陽明の誕生 …  三八
      • 7 王陽明の幼年時代の不思議な話 …  三八
      • 8 守仁と改名後、祖父の書を朗誦 …  三九
      • 9 話は再び龍山公にまつわる奇話 …  三九
    • 三、少年時代の王陽明の逸話と勉学の有様 …  四一
      • 1 十一歳、金山寺・蔽月山房の詩を作る …  四一
      • 2 十二歳、専心誦読するを肯ぜず …  四三
      • 3 天下第一党の人は誰か …  四四
      • 4 十二歳、麻衣神相に出会い発憤 …  四五
      • 5 十三歳、実母の死と継母の話 …  四六
      • 6 十四歳、兵書の研究に志す …  四八
      • 7 十五歳、朝廷に上奏し盗賊討伐を謀る …  四九
    • 四、王陽明の孝心と聖学に立ち返るまでの諸学考究の有様 …  五〇
      • 1 十七歳、結婚と無為道者との対面 …  五〇
      • 2 書を学び、書法大いに進む …  五二
      • 3 十八歳、聖賢たらんと志す …  五三
      • 4 祖父竹軒翁死去 …  五三
      • 5 二十一歳、孫熢・胡世寧と共に郷試に合格 …  五四
      • 6 恥じるの意味について …  五五
      • 7 戦略を学ばんと志す …  五五
      • 8 進士の試験に合格 …  五六
      • 9 山道にて落馬し吐血 …  五七
      • 10 王越の子孫より家宝の剣を贈らる …  五七
      • 11 国境守備の八事を上書する …  五八
      • 12 名裁判官とほめそやされる … 五九
      • 13 三十歳、神仙の学に志す …  五九
        • 道士蔡との出会い
        • 山頂に一人の老道士を訪ねる
      • 14 三十一歳、室を陽明洞に築く …  六二
        • 陽明洞の景観と号のいわれ
        • 陽明洞にて予知力発揮
        • 本当の学問について悟る
      • 15 三十二歳、西湖に転居する …  六六
        • 西湖と由緒ある諸寺
        • 見ざる聞かざる言わざること三年の禅僧を説破する
        • 朱子学を学び陽明学開眼の緒を得る
      • 16 三十三歳、山東省の郷試を担当 …  七二
      • 17 九月、武官試験の担当者として北京に着任 …  七三
      • 18 三十四歳、朝廷に在っては宦官劉瑾が政権を壟断
    • 五、王陽明、宦官劉瑾の逆鱗に触れて、龍場駅へ流される … 七五
      • 1 三十五歳、上奏文を奉る …  七五
        • 戴銑および薄彦徽らの上奏文
        • 王陽明の上奏文
        • 劉瑾逆上し、王陽明を投獄する
        • この父にしてこの子あり
      • 2 三十六歳、謫地龍場へ向かう … 七八
        • 劉瑾の刺客に捕らえらるるも九死に一生を得る
        • 逃れて閩界(福建省の北)に至る
        • 一難去ってまた一難―虎穴に眠る―
        • 十七歳の時に、対談した無為道者と再会
        • 婁一斎、王陽明の父が南京に居るを告げる
        • 父子再会の喜びは、枯木に花咲くがごとし
      • 3 三十七歳、龍場駅で学問とは何かを体得 … 九四
        • 荒廃した龍場駅と、素朴な先住者
        • 祈福の犠牲より危うく逃れる
        • 蛮地の人と王陽明の交誼
        • 父子再会の後難と陽明学の曙光
        • 格物致知の解釈
        • 宣慰使の贈り物を退け、夷人の敬愛を受く
      • 4 三十八歳、陽明学の教説の知行合一を提唱する … 一〇一
      • 5 三十九歳、宦官劉瑾失脚 … 一〇二
        • 忠臣の諸臣再び世に出る
        • 廬陵県の知県に昇進し出立する、従学者多数
        • 廬陵の民心一変
        • 城中の失火を天に祈り鎮火する
        • 冬、宮中に参内、十二月、南京の刑部主事に昇る
      • 6 四十歳、方叔賢入門 … 一〇六
      • 7 四十一歳、従学者更に増加 … 一〇七
        • 考功司郎中に昇進と門人の養成
        • 十二月、太僕寺少卿に昇進、門人と随地講学
      • 8 四十三歳四月、鴻臚寺卿に昇進し出発 … 一〇九
      • 9 四十四歳、帰省の願い許されず … 一一〇
    • 六、四十六歳、横水・桶岡、浰頭の諸賊平定と治政 …  一一一
      • 1 流賊と遭遇、並びに流民の救済 …  一一一
      • 2 十家牌法の実施と民兵の調練 …  一一二
      • 3 漳南地方の賊党平定 …  一一四
        • 王陽明の軍団指揮
        • 行台に時雨堂と命名
        • 軍律
        • 賞罰権、任務遂行裁量権の上申と役所の新設を願い出る
        • 願い出の裁許と、加俸のこと
      • 4 南嶺の三賊党首に対する軍略 …  一二一
        • 三賊党首の跳梁
        • 賊首、謝志珊を討つが最上の策
      • 5 賊首謝志珊討伐の苦心 …  一二三
        • 第一段階、賊首池仲容への策
        • 横水の賊首、謝志珊への布陣
        • 王陽明出陣の苦心と講学
        • 敵への内通者を改心させる
        • 斥候の活躍と夜に軍を進める
        • 特攻隊の編成
        • 全軍総攻撃
        • 謝志珊の敗走
        • 官軍、続々と横水に集結
        • 諸将、桶岡攻略の日を心配するが、王陽明は動ぜず策を練る
        • 桶岡のスパイを帰順させ、横水の地利を探る
        • 横水の謝志珊の残党を一掃
        • 謝志珊の刑死と賊党の交友観
      • 6 『靖乱録』の編纂史料は … 一三八
      • 7 賊首藍天鳳並びに池仲容へ帰順勧告 … 一四〇
        • 桶岡の賊首、藍天鳳へ帰順勧告
        • 浰頭の賊首池仲容三兄弟と豪族三人の争い
        • 豪族三人、招きに応じて奉公を訳す
        • 賊首池仲容の動搖と、王陽明の妙計
      • 8 賊首藍天鳳とその一党を平定 … 一四五
        • 藍天鳳の動搖と去就の会議
        • 王陽明、和戦両面策を取る
        • 王陽明の傭兵に桶岡の賊は狼狽
        • 桶岡の賊全滅、賊首藍天鳳は投身自殺
      • 9 横水、桶岡の戦勝報告と県治の上奏 … 一四九
        • 参将史春、王陽明に舌を捲く
        • 住民より神に祭られる
        • 治政に心を砕き、新しい県の創建を上奏
      • 10 浰頭の賊首池仲容、王陽明の策略にて遂に砦を出る … 一五二
        • 王陽明は砦の賊に備えて、仲容を詰問する
        • 池仲容の一喜一憂
        • 王陽明、偽りに義民廬珂、鄭志高、陳英の三人を収監
        • 池仲容の弟、仲安の歓喜
        • 池仲容の胸中
        • 王陽明、収監の義民廬珂らの部下を集結し命を授ける
        • 賊首仲容、遂に砦を出て王陽明の本陣に出向する
        • 仲容の一行、歓待を浮く
        • 王陽明は仲容の、随員九三人の氏名を掌握
        • 仲容は越年し、随員は帰るを忘る
    • 七、賊首池仲容を誅殺、そのその後の治政と講学 …  一六八
      • 1 池仲容の誅殺 …  一六八
        • 元日午後、仲容再び暇を乞う
        • 仲容を誅殺せよとの密命発せらる
        • 数々の恩賞品に仲容の一党、目を見張る
        • 奏楽して恩賞品を与える
        • 主義郲文の輩下、仲容の従者八十五人を誅殺す
        • 池仲容、罪に服し八人と共に刑を受ける
        • 心労一時に発す
      • 2 三浰の残党平定とその後の治政 … 一七八
        • 広東、江西より賊巣を突く
        • 巣窟に拠る残党の油断と動搖
        • 官軍殺到
        • 池仲容の弟ら死す
        • 賊に従属の二百余人を特赦
        • 戦勝報告と県治創設の上奏、並びに王陽明の昇進
      • 3 王陽明主従の講学 … 百八十六
        • 王陽明と高弟徐愛の編著書
    • 八、宸濠の乱平定における王陽明の知謀と人々の忠心 …  一八八
      • 1 宸濠の遠祖と出生の秘密 … 百八十八
        • 宸濠の遠祖について
        • 宸濠出生の秘密
        • 宸濠の人となりと所業
      • 2 宸濠の野望、明朝を窺う … 一九二
        • 宸濠の専横
        • 宸濠の陰謀とその徒党
        • 王瓊の賢察と王陽明の動向
        • 冀元亨、陽明学を宸濠に講ぜんとするも失敗に終わる
        • 宸濠の家臣にも忠臣あり
        • 宸濠の妃、真心こめて諫める
        • 宸濠の反逆、急を加える
        • 王瓊の必死の捜査と宸濠の糊塗
        • 巡撫孫熢の上奏文、尽く宸濠に奪われる
        • 太監張忠、天子に宸濠謀反のことをほのめかす
        • 優人小劉、天子に濠の専横を告発
        • 武宗皇帝並びに諸臣の動き
      • 3 寧王宸濠、謀反に走る … 二〇七
        • 濠の服心、林華は陰謀露見を急報
        • 林華の急報に宸濠は謀反を決意する
        • 寧王宸濠、挙兵の詭弁
        • 巡撫孫熢と按察副使許逵の忠節
        • 王陽明、遜・許二公を痛んで詩を作る
        • 寧王宸濠の反軍、七万余人
      • 4 宸濠決起の難より王陽明逃る … 二一五
        • 随員の勅印を忘れるが幸いとなる
        • 王陽明の第一声、寧王反せり
        • 宸濠の追手より必死の逃走
        • 宸濠、大魚(王陽明)を逸する
        • 王陽明、宸濠の策を分析
        • 王陽明、決戦場を想定
      • 5 王陽明、宸濠の反乱を上奏して王師を結集する … 二二三
        • 濠の反乱を上奏、吉安の府知事伍文定の忠心
        • 王陽明の神経作戦
        • 王陽明の作戦の虚実と患者の駆使
        • 宸濠、王陽明の計略に落つ
        • 宸濠、王陽明を帰順させんと謀るも果さず
        • 王陽明の上奏文と兵略の要点
      • 6 寧王宸濠の反乱軍侵攻
        • 知県劉源清、馬津と駅丞孫天佑の応戦
        • 宸濠の大軍、南昌城を発し婁妃も随行する
        • 宸濠乗船の時、王以方を斬り犠牲に供う
        • 安慶城の楊鋭、宸濠の大軍に立ちはだかる
        • 楊鋭は反乱の首領宸濠をののしる
        • 楊鋭死闘、宸濠の大軍を釘づけにする
        • 宸濠はいらだって船頭を切る
      • 7 王陽明、劣勢の官軍を率いて宸濠の大軍に激突 … 二四二
        • 安慶城の死闘に対する陽明の作戦
        • 王陽明、病身をおして陣頭に立つ
        • 王陽明の知略、軍律を高める
        • 王陽明、宸濠の居城・南昌城を突く
        • 南昌城落城
        • 王陽明、宸濠戦は野戦と説く
        • 王陽明の作戦は奇襲・正攻の両面
        • 王陽明の宣撫、布告文
        • 鄱陽湖上、王陽明緒戦を飾る
        • 九江、南康、奪回作戦
        • 鄱陽湖上、逆風のため中盤戦苦戦に立つ
        • 王陽明の叱咤、官兵は鬼神のごとく戦う
        • 宸濠の軍船に、王陽明軍の官軍は火攻の計にて殺到
      • 8 王陽明、寧王宸濠を捕う … 二六二
        • 婁妃の入水と宸濠の悔い
        • 陽明の密計、宸濠を捕う
        • 宸濠の一族郎党を一網打尽
        • 賢妃の墓とその由来
        • 王陽明、輩下の諸将を祝す
        • 南康、九江を奪回
        • 鄱陽の戦勝は王陽明、軍略の妙
        • 南昌城、王陽明の入城に湧く
        • 朝廷への戦勝報告
      • 9 武宗皇帝の親征と諸高官の野望 … 二七一
        • 王陽明の上奏文と兵部尚書王瓊の対策
        • 王瓊の献策と朝廷の対応
        • 諸高官、武宗皇帝の親征を謀る
        • 王陽明、宸濠を護送して南昌を発する
        • 諸高官、武宗に宸濠の皇帝の手による捕縛を奏す
        • 宸濠を釈放せよとする命令と王陽明
        • 使者来るも宸濠を釈放せず
        • 張永の説得により陽明は宸濠を渡す
        • 門人冀元亨捕らわる
        • 王陽明、三高官の非礼を正す
        • 三高官、王陽明を挑発
        • 三高官の軍兵、陽明の人柄に傾倒
        • 三高官の軍兵、帰還を願う
        • 三高官、王陽明に弓矢を挑み敗退
        • 北軍の士、王陽明を称賛
        • 三高官、撤収に際しての暴虐
        • 三高官と武宗皇帝、景勝の地を遊覧
        • 三高官の王陽明讒言と高官張永の忠心
    • 九、王陽明、武宗皇帝側近の策謀に苦しむも悠然と講学 …  二九〇
      • 1 許泰ら三高官は偽勅旨にて王陽明を召還 …  二九〇
      • 2 三高官、執拗に王陽明を王陽明を武宗皇帝へ讒訴 …  二九一
      • 3 王陽明の召還と張永の急報 …  二九二
      • 4 張忠の偽旨のため王陽明は拝謁を拒まる 二九二
      • 5 王陽明、進退極まる …  二九三
      • 6 太監張永の忠心、陽明の危機を救う …  二九五
      • 7 羅整庵少宰、王陽明に感服する …  二九六
      • 8 王陽明、宸濠大乱平定の功を高官に譲る … 二九七
      • 9 殉難者冀元亨 … 二九九
      • 10 王陽明、殖産貿易を奨励 … 二九九
      • 11 王銀入門時の逸話、並びに宸濠らの受刑 … 三〇〇
    • 一〇、陽明学への嫉視と王陽明主従の講学 …三〇二
      • 1 王陽明、五十歳の時の話 … 三〇二
        • 武宗皇帝の崩御と世宗皇帝の即位
        • 王陽明父子の再会と感激
        • 父、誕生日に朝廷より賀詞を受く
        • 山水の間の講学と王陽明の昇進
      • 2 王陽明、五十一歳の時の話 … 三〇六
        • 父の死去と葬儀
        • 王陽明、再び上奏して爵位を辞退
        • 高官の迫害に屈せず講学
      • 3 王陽明、五十三歳の時の話 … 三〇八
        • 従吾道人、入門時の逸話
        • 南大吉、稽山書院を開き、王陽明これを主宰する
      • 4 王陽明、五十四歳の時の話 … 三一一
        • 陽明書院を門人建てる
      • 5 王陽明、五十五歳の時の話 … 三一二
        • 復古書院を門人鄒守益が建立
        • 南大吉の講学と席書の王陽明推薦
    • 一一、王陽明、最後の軍旅と長逝、没後の孔子廟への従祀 … 三一三
      • 1 王陽明、五十六歳の時の話 三一三
        • 九月、思・田州の賊党討伐へ出征
        • 反乱の二党目を王陽明諭す
      • 2 王陽明、五十七歳の時の話 …  三一五
        • 反乱のに頭目帰順
        • 八寨、断籘峡諸賊を平定
        • 夢に見た伏波将軍の廟へ参詣
        • 思・田の学校を興す
        • 心労が重なって病い厚し
        • 王陽明の長逝と辞世の言葉
      • 3 王陽明の葬儀と祠 …  三一八
        • 士民の泣き声、天地に木霊する
        • 柩を乗せた船の不思議な話
        • 柩は家に奉じ弔問者数は日に百余人に上る
        • 王陽明の墓地
        • 墓参者数千人、御史聶豹は門人と称する
        • 陽明先生祠を巡按御史周汝貞、建立
        • 王陽明の長逝に見る十二歳の時の立志
      • 4 王陽明、孔子廟へ従祀 …  三二三
        • 致良知は陽明学の神髄骨格
        • 実学は陽明学の特色
  • あとがき
  • 索引
中田勝『王陽明靖乱録』明徳出版社
王陽明靖乱録 (中国古典新書 続編 9)

王陽明靖乱録 (中国古典新書 続編 9)

2015-01-12

[][][]丸山真男『日本の思想』岩波新書 20:40 はてなブックマーク - 丸山真男『日本の思想』岩波新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 何度か通読したはずなのに、全く頭に入らない、私にとっては難解本。なにか、歯車が合わないのでしょうね。あるいは、この本を理解するためのパーツがいくつか未だに缺けているとか。

目次
Ⅰ 日本の思想 ……一
  • まえがき
    • 日本思想史の包括的な研究がなぜ貧弱なのか(二)
    • 日本における思想的座標軸の欠如(四)
    • 自己認識の意味(五)
    • いわゆる「伝統」思想と「外来」思想(八)
    • 開国の意味したもの(八)
    • 無構造の「伝統」その(一)―思想継起の仕方(一一)
    • 無構造の「伝統」その(二)―思想受容のパターン(一三)
    • 逆接や反語の機能転換(一六)
    • イデオロギー暴露の早熟的登場(一七)
    • 無構造の伝統の原型としての固有信仰(二〇)
    • 思想評価における「進化論」(二二)
    • 近代国家の基軸としての「國體」の創出(二八)
    • 「國體」における臣民の無限責任(三一)
    • 「國體」の精神的内面への渗透性
    • 天皇制における無責任の体型(三七)
    • 明治憲法体制における最終的判定権の問題(三九)
    • フィクションとしての制度とその限界の自覚(四二)
    • 近代日本における制度と共同体(四四)
    • 合理化の下降と共同体的心情の上昇(四七)
    • 制度化の進展と「人情」の矛盾(四九)
    • 二つの思考様式の対立(五二)
    • 実感信仰の問題(五三)
    • 日本におけるマルクス主義の思想的意義(五五)
    • 理論信仰の発生(五七)
    • 理論における無限責任と無責任(六〇)
  • おわりに

Ⅱ 近代日本の思想と文学……六七

―一つのケース・スタディとして―

  • まえがき
    • 政治―科学―文学
    • 明治末年における文学と政治という問題の立てかた(七一)
    • 文学の世界をおそった「台風」(七四)
    • 「社会」の登場による走路の接近(七五)
    • マルクス主義が文学に与えた「衝撃」(七七)
    • 文学者に焼付けられたマルクス主義のイメージ(八〇)
    • 昭和文学史の光栄と悲惨(八二)
    • 政治(=科学)の優位から政治(=文学)の優位まで(八三)
    • プロ文学理論における政治的および科学的なタータリズム(八五)
    • 政治的と図式的(八八)
    • 政治過程におけるエモーションの動員(八九)
    • 政治における「決断」の契機(九三)
    • 思考法としてのトータリズムと官僚制合理主義(九四)
    • 政治の全体像と日常政治との完全対応関係(九七)
    • 方法的トータリズムの典型(九九)
    • 政治(=科学)像の崩壊―転向の始点と終点(一〇一)
    • 日本の近代文学における国家と個人(一〇二)
    • 「台風」の逆転と作家の対応の諸形態(一〇五)
    • 旧プロ文学者における文学の内面化と個体化(一〇六)
    • 対立物(文学主義)への移行契機(一〇九)
    • 文化の危機への国際的な対応(一一一)
    • 各文化領域における「自立性」の模索(一一二)
    • 政治・科学・文学における同盟と対抗の関係(一一四)
    • 科学主義の盲点(一一五)
    • トータリズムの遺産の否定的継承(一一七)
    • 「意匠」剝離の後に来るもの(一一九)
  • おわりに

Ⅲ 思想のあり方について……一二三
    • 人間はイメージを頼りにして物事を判断する(一二四)
    • イメージが作り出す新しい現実(一二六)
    • 新しい形の自己疎外(一二八)
    • ササラ型とタコツボ型(一二九)
    • 近代日本の学問の受け入れかた(一三二)
    • 共通の基盤がない論争(一三四)
    • 近代的組織体のタコツボ化(一三七)
    • 組織における隠語の発生と偏見の沈殿(一三八)
    • 国内的鎖国と国際的開国(一四〇)
    • 被害者意識の反乱(一四一)
    • 戦後マス・コミュニケーションの役割(一四五)
    • 組織の力という通念の盲点(一四七)
    • 階級別にたたない組織化の意味(一四九)
    • 多元的なイメージを合成する思考法の必要(一五〇)

Ⅳ 「である」ことと「する」こと……一五三
    • 「権利の上にねむる者」(一五四)
    • 近代社会における制度の考え方(一五六)
    • 徳川時代を例にとると(一五八)
    • 「である」社会と「である」道徳(一五九)
    • 「する」組織の社会的擡頭(一六〇)
    • 業績本位という意味(一六三)
    • 経済の世界では(一六四)
    • 制度の建て前だけからの判断(一六六)
    • 理想状態の神聖化(一六八)
    • 政治行動についての考え方(一七一)
    • 市民生活と政治(一七三)
    • 日本の急激な「近代化」(一七四)
    • 「する」価値と「である」価値との倒錯(一七六)
    • 学問や芸術における価値の意味(一七七)
    • 価値倒錯を再転倒するために(一七九)

  • あとがき……一八一
丸山真男『日本の思想』岩波新書
日本の思想 (岩波新書)

日本の思想 (岩波新書)

2015-01-06

[][][][]土田健次郎『江戸の朱子学』筑摩選書 16:50 はてなブックマーク - 土田健次郎『江戸の朱子学』筑摩選書 - 蜀犬 日に吠ゆ

目次

  • 第一章 東アジアにおける朱子学の登場 011
    • 朱子学とは何か/朱子学の思想Ⅰ――「気」とは何か/朱子学の思想Ⅱ――「理」とは何か/朱子学の思想Ⅲ――人における「理」と「気」/朱子学の思想Ⅳ――学問と修養/朱子学のリゴリズム/朱子学についての通念――大義名分と尊皇攘夷/朱子学の登場Ⅰ――唐宋変革論/朱子学の登場Ⅱ――北宋南宋区分論/朱子学と陽明学
  • 第二章 江戸朱子学への道 035
    • 朱子学の日本渡来/中国儒学典籍の需要の仕方/「太極」の引用/『神皇正統記』と朱子学/室町禅僧の朱子学理解の深化/仏教からの脱却Ⅰ――藤原惺窩の場合/仏教からの脱却Ⅱ――山崎闇斎の場合/構造論から修養論へ/伊藤仁斎と山崎闇斎における方向性の共有/江戸朱子学への諸ルート/朝鮮朱子学の影響
  • 第三章 江戸朱子学の流れ 067
    • 江戸朱子学の概観/朱子学と徳川政権/林家という存在/崎門という存在
  • 第四章 丸山真男の朱子学観 083
    • 丸山真男の図式/丸山図式に対する批判/伊藤仁斎と朱子学/荻生徂徠と朱子学・仁斎学
  • 朱子学がもたらしたもの 099
    • 朱子学を受け入れるということ/朱子学が導き出したもの/一、自然と規範/二、内心と外界/三、善と悪/四、個人と社会/五、道徳と欲望/六、主観と客観
  • 第六章 朱子学と反朱子学 115
    • 仁斎の「正」/朱子学と仁斎学の対立/仁斎学と闇斎学の対立/仁斎学の継承と朱子学/荻生徂徠の登場
  • 第七章 朱子学の教理の波及 137
    • 朱子学の基礎教養化/朱子学の正統論/皇統論/『詩経』観の展開/『易経』観の展開/『春秋』観の展開/朱熹の経書解釈の方法/仁斎における意味と血脈/孔子の位置づけ
  • 第八章 朱子学の日本的展開――神道との結合 173
    • 神道との結合/朱子学の鬼神論/祭祀/理と神/闇斎の場合/朱子学者と神道/妙契
  • 第九章 江戸後期の朱子学 197
    • 幕末へ/寛政三博士と佐藤一斎/幕末の朱子学者たち/陽明学の問題/儒教の庶民への浸透と心の思想
  • 第十章 朱子学と近代化 215
    • 朱子学の理の拘束Ⅰ――価値観の問題/朱子学の理の拘束Ⅱ――自然学の問題/日本における学派並列の意味/教育の促進/近代の朱子学/近代化論との関係/朱子学のその後/おわりに
  • 注 236
  • あとがき 246
  • 人名索引 254
土田健次郎『江戸の朱子学』筑摩選書

 のちの尊皇攘夷に影響した根拠などは非常に興味深く読みました。

皇統論

 かかる正統論を日本に当てはめると、最初に日本を統一して二代以上継続したのは皇室であり、しかもその皇室が地方政権になっても存続はしているのであるから、皇室こそが正統ということになる。

 ここで特に重要なのは、朱子学の正統論においては、現実に全国的な権力を握っている政権よりも、地方政権に落ち込んでいても以前の正統の王家を継承するものがあれば、そちらの方を正統と認定することである。

土田健次郎『江戸の朱子学』筑摩選書

 南宋で『資治通鑑』を読み、大義名分に目覚めた朱熹先生(=朱子)の痛恨が響きます。

 尊皇攘夷(倒幕理論)とか、南北正閏論争などもそういうところに由来するのかもしれませんね。朱子学では、正当性を保証する「理」を、堯舜禹の三代と殷湯王、周武王までは王が、それ以降は孔子以下の儒者が担うとしております。

皇統論

 ところで先に述べたように北畠親房は三種の神器を徳の象徴とした。それを直接的に『中庸』に出てくる知、仁、勇という「天下の達徳」に割り当てたのは一条兼良『日本書紀纂疏』であるが、兼良の場合は同時に仏教の般若、法心、解脱にも当てているのであって、儒教的にしぼりこんでいるわけではない。それが江戸時代になると、儒教の「天下の達徳」に一本化する議論が多くなる(たとえば山鹿素行『中朝事実』神器章など)。三種の神器は徳の象徴であり、それを伝える天皇は徳を伝える存在なのである。

土田健次郎『江戸の朱子学』筑摩選書
皇統論

 かかる皇統の存在は、中国や朝鮮に対する優位と認識された。とれには正統と道統の両者をあわせもち、しかも万世一系ということが大きかった。

土田健次郎『江戸の朱子学』筑摩選書

 逆に言うと、万世一系でないと都合が悪いということにもなってしまうのですよね。朱子学のリゴリズム(厳格主義)おそるべし。

皇統論

 朱子学の正統論は、それを日本にあてはめると必然的に皇統の重視へと帰結するようにできている。

土田健次郎『江戸の朱子学』筑摩選書
江戸の朱子学 (筑摩選書)

江戸の朱子学 (筑摩選書)

2014-02-08

[][][]恵美嘉樹『全国「一の宮」徹底ガイド』PHP文庫 08:27 はてなブックマーク - 恵美嘉樹『全国「一の宮」徹底ガイド』PHP文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 読み始めました。

はじめに

 現代の日本には四十七の都道府県がありますが、江戸時代以前、こうした県にあたる地域を意味するものが「国」でした。古代日本にはそうした国が六十八カ国もあったのです。

 それぞれの国には、その地域でナンバーワンの「一の宮」とよばれる神社が存在します。なかには、複数の神社が「我こそは序列一位」だと主張する国もありますが、多くは一国につき一神社です。一の宮は約千年近く前に出来た制度といわれています。

恵美嘉樹『全国「一の宮」徹底ガイド』PHP文庫
全国「一の宮」徹底ガイド (PHP文庫)

全国「一の宮」徹底ガイド (PHP文庫)

2013-12-28

[][][]金谷治訳注『大学・中庸岩波文庫 「第六章」 19:41 はてなブックマーク - 金谷治訳注『大学・中庸』岩波文庫 「第六章」 - 蜀犬 日に吠ゆ

第六章 凡そ四節

生財有大道、生之者衆、食之者寡、為之者疾、用之者舒、則財恒足矣、仁者以財発身、不仁者以身発財、未有上好仁、而下不好義者也、未有好義、其事不終者也、未有府庫財非其財者也、

孟献子曰、畜馬乗、不察於雞豚、伐冰之家、不畜牛羊、百乗之家、不畜聚斂之臣、与其有聚斂之臣、寧有盗臣、此謂国不以利為利、以義為利也、

長国家而務財用者、必自小人矣、彼為善之、小人之使為国家、葘害並至、雖有善者、亦無如之何矣、此謂国不以利為利、以義為利也、

 財を生ずるに大道あり。これを生ずる者衆(おお)く、これを食らう者寡(すく)なく、これを為(つく)る者疾(と)く、これを用(もち)うる者舒(ゆるや)かなれば、則ち財は恒(つね)に足る。仁者は財を以て身を発し、不仁者は身を以て財を発す。未だ上(かみ)仁を好みて下(しも)義を好まざる者はあらざるなり。未だ義を好みて其の事の終えざる者は有らざるなり。未だ府庫の財其の財に非(あら)ざる者は有らざるなり。

 孟献子曰わく、「馬乗(ばじょう)を畜(やしな)えば雞豚を察せず。伐冰(ばつひょう)の家には牛羊を畜わず。百乗の家は聚斂の臣を畜わず。其の聚斂の臣あらんよりは、寧ろ盗臣あらん」と。此れを、国は利を以て利と為さず、義を以て利と為す、と謂うなり。

 国家に長として財用を務むる者は、必ず小人を自(用)(もち)う。彼はこれを善しと為(おも)えるも、小人をして国家を為(おさ)めしむれば葘害(さいがい)並び至る。善き者(ひと)ありと雖も、亦たこれを如何ともするなきなり。此れを、国は利を以て利と為さず、義を以て利と為す、と謂うなり。

金谷治『大学・中庸』岩波文庫
大学・中庸 (岩波文庫)

大学・中庸 (岩波文庫)

2013-12-27

[][][]金谷治訳注『大学・中庸岩波文庫 「第六章」 19:41 はてなブックマーク - 金谷治訳注『大学・中庸』岩波文庫 「第六章」 - 蜀犬 日に吠ゆ

第六章 凡そ四節

楚書曰、楚国無以為宝、惟善以為宝、

舅犯曰、亡人無以為宝、仁親以為宝、

秦誓曰、若有一个臣、断断兮無他技、其心休休焉、其如有容焉、人之有技、若己有之、人之彦聖、其心好之、不啻若自其口出、寔能容之、以能保我子孫、黎民亦尚有利哉、人之有技、媢疾以悪之、人之彦聖、而違之俾不通、寔不能容、以不能保我子孫、黎民亦曰殆哉、唯仁人放流之、迸諸四夷、不与同中国、此謂唯仁人為能愛人能悪人、

見賢而不能挙、挙而不能先、命也、見不善而不能退、退而不能遠、過也、好人之所悪、悪人之所好、是謂払人之性、葘必逮夫身、

是故君子有大道、必忠信以得之、驕泰以失之、


 楚書に曰わく、「楚国には以て宝と為すものなし、惟だ善(人)以て宝と為す」と。

 舅犯(きゅうはん)曰わく、亡人(ぼうじん)には以て宝と為すものなし、仁親以て宝と為す」と。

 秦誓に曰わく、「若し一个(いっか)の臣ありて、断断兮(だんだんけい)として他の技なきも、その心休休焉(きゅうきゅうえん)としてそれ如(能)(よ)く容るるあり。人の技あるは、己れこれを有するが如く、人の彦聖(げんせい)なるは、その心これを好(よみ)す。啻(ただ)にその口より出だすが若くするのみならず、寔(まこと)に能くこれを容れて、以て能く我が子孫を保んずれば、黎民(れいみん)も亦た尚お利あらんかな。人の技あるは、媢疾(ぼうしつ)してこれを悪(にく)み、人の彦聖なるは、而(乃)(すなわ)ちこれに違いて通ぜざらしむ、寔に容るる能わずして、以て我が子孫を保んずる能わざれば、黎民も亦た曰(ここ)に殆(あや)うからんかな」と。

 唯だ仁人のみ、これを放流し、諸(こ)れを四夷に迸(しりぞ)けて、与(とも)に中国を同じくせず。此れを唯だ仁人のみ能く人を愛し能く人を悪(にく)むと為す、と謂うなり。

 賢を見るも挙ぐるも能わず、挙ぐるも先にする能わざるは、慢(おこた)るなり。不善を見るも退くる能わず、退くるも遠ざくる能わざるは、過ちなり。人の悪む所を好み、人の好む所を悪む、是れを人性に払(もと)ると謂う。葘(わざわい)は必ず夫の身に逮(およ)ぶ。

 是の故に君子に大道あり、必ず忠信以てこれを得、驕泰(きょうたい)以てこれを失う。

金谷治『大学・中庸』岩波文庫
大学・中庸 (岩波文庫)

大学・中庸 (岩波文庫)