蜀犬 日に吠ゆ

2014-08-04

[][][]天書の座次(その3)地煞星  第七十一回『水滸伝』中 平凡社 10:46 はてなブックマーク - 天書の座次(その3)地煞星  第七十一回『水滸伝』中 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 

第七十一回 忠義堂に 石碣文を受け  梁山泊に 英雄座次に排(なら)ぶ

何道士はいった。

「この碑の表にはずっとあなたがたのお名前が彫ってあります。片側には、

  替天行道

 の四字、もう一方の側には、

  忠義双善

 の四字があって、上段はみな南北二斗の星の名、その下があなた方の号になっております。おさしつかえなければ、はじめから一つ一つ読んでさしあげましょう」

(略)宋江は聖手書生の蕭譲(しょうじょう)を呼び、黄色い紙(黄は高貴の色)にうつしとらせた。何道士は、

「表には天書三十六行があって、いずれもこれは天罡星(てんごうせい)です。裏にも天書七十二行があって、これはみな地煞星(ちさつせい)です。その下にはあなたがたのお名前がつけたしてございます」

 といい、ややしばらく見つめていたが、やがて蕭譲にはじめからおわりまでずっと書き取らせていった。

駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

 例によって例の如く、ここからは引用ではありません。

 碑の裏に書いてあった地煞星七十二人は、

地魁星ちかいせい神機軍師 朱武
地煞星ちさつせい鎮三山 黄信
地勇星ちゆうせい病尉遅びょううっち孫立
地傑星ちけつせい醜郡馬しゅうぐんば宣賛
地雄星ちゆうせい井木犴せいぼくかん郝思文 かくしぶん
地威星ちいせい百勝将 韓滔
地英星ちえいせい天目将 彭玘 ほうき
地奇星ちきせい聖水将 単廷珪 たんていけい
地猛星ちもうせい神火将 魏定国
地文星ちぶんせい聖手書生せいしゅしょせい蕭譲 しょうじょう
地正星ちせいせい鉄面孔目てつめんこうもく裴宣 はいせん
地闊星ちかつせい摩雲金翅まうんきんし欧鵬
地闘星ちとうせい火眼狻猊かがんしゅんげい鄧飛
地強星ちきょうせい錦毛虎きんもうこ燕順
地暗星ちあんせい錦豹子きんひょうし楊林
地軸星ちじくせい轟天雷 凌振
地会星ちかいせい神算子 蒋敬
地佐星ちさせい小温侯 呂方
地裕星ちゆうせい賽仁貴 郭盛
地霊星ちれいせい神医 安道全
地獣星ちじゅうせい紫髯伯 皇甫端
地微星ちびせい矮脚虎 王英
地急星ちきゅうせい一丈青 扈三娘
地暴星ちぼうせい喪門神 鮑旭
地然星ちぜんせい混世魔王 樊瑞
地好星ちこうせい毛頭星 孔明
地狂星ちきょうせい独火星 孔亮
地飛星ちひせい八臂那吒はっぴなた項充
地走星ちそうせい飛天大聖 李兗 りこん
地巧星ちこうせい玉臂匠ぎょくひしょう金大堅
地明星ちめいせい鉄笛仙てってきせん馬麟
地進星ちしんせい出洞蛟 童威
地退星ちたいせい翻江蜃 童猛
地満星ちまんせい玉旛竿 孟康
地遂星ちすいせい通臂猿 侯建
地周星ちしゅうせい跳澗虎ちょうかんこ陳達
地隠星ちいんせい白花蛇はくかだ楊春
地異星ちいせい白面郎君はくめんろうくん鄭天寿
地理星ちりせい九尾亀きゅうびき陶宗旺
地俊星ちしゅんせい鉄扇子 宋清
地楽星ちらくせい鉄叫子てっきょうし楽和 がくわ
地捷星ちしょうせい花項虎 龔旺
地速星ちそくせい中箭虎 丁得孫
地鎮星ちちんせい小遮攔しょうしゃらん穆春
地稽星ちけいせい操刀鬼 曹正
地魔星ちませい雲裏金剛 宋万
地妖星ちようせい摸着天もちゃくてん杜遷
地幽星ちゆうせい病大虫 薛永
地伏星ちふくせい金眼彪 施恩
地僻星ちへきせい打虎将 李忠
地空星ちくうせい小覇王 周通
地孤星ちこせい金銭豹子 湯隆
地全星ちぜんせい鬼瞼児きけんじ杜興 とこう
地短星ちたんせい出林竜 鄒淵
地角星ちかくせい独角竜 鄒潤
地囚星ちしゅうせい旱地忽律かんちこつりつ朱貴
地蔵星ちぞうせい笑面虎 朱富 しゅふう
地平星ちへいせい鉄臂膊てっぴはく蔡福
地損星ちそんせい一枝花いっしか蔡慶
地奴星ちどせい催命判官 李立
地察星ちさつせい青眼虎 李雲
地悪星ちあくせい没面目ぼつめんもく焦挺
地醜星ちしゅうせい石将軍 石勇
地数星ちすうせい小尉遅しょううっち孫新
地陰星ちいんせい母大虫ぼたいちゅう顧大嫂
地刑星ちけいせい菜園子 張青
地壮星ちそうせい母夜叉 孫二嬢
地劣星ちれつせい活閃婆かっせんば王定六
地健星ちけんせい険道神けんどうしん郁保四
地耗星ちこうせい白日鼠はくじつそ白勝
地賊星ちぞくせい鼓上皂こじょうそう時遷
地狗星ちくせい金毛犬きんもうけん段景住
駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

2014-08-03

[][][]天書の座次(その2)天罡星  第七十一回『水滸伝』中 平凡社 09:30 はてなブックマーク - 天書の座次(その2)天罡星  第七十一回『水滸伝』中 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 

第七十一回 忠義堂に 石碣文を受け  梁山泊に 英雄座次に排(なら)ぶ

何道士はいった。

「この碑の表にはずっとあなたがたのお名前が彫ってあります。片側には、

  替天行道

 の四字、もう一方の側には、

  忠義双善

 の四字があって、上段はみな南北二斗の星の名、その下があなた方の号になっております。おさしつかえなければ、はじめから一つ一つ読んでさしあげましょう」

(略)宋江は聖手書生の蕭譲(しょうじょう)を呼び、黄色い紙(黄は高貴の色)にうつしとらせた。何道士は、

「表には天書三十六行があって、いずれもこれは天罡星(てんごうせい)です。裏にも天書七十二行があって、これはみな地煞星(ちさつせい)です。その下にはあなたがたのお名前がつけたしてございます」

 といい、ややしばらく見つめていたが、やがて蕭譲にはじめからおわりまでずっと書き取らせていった。

駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

 例によって例の如く、ここからは引用ではありません。

 碑の表に書いてあった梁山泊天罡星三十六人は、

天魁星てんかいせい呼保義 宋江
天罡星てんごうせい玉麒麟 盧俊義
天機星てんきせい 智多星 呉用
天間星てんかんせい入雲竜にゅううんりょう公孫勝
天勇星てんゆうせい大刀 関勝
天雄星てんゆうせい豹子頭 林冲
天猛星てんもうせい霹靂火 秦明
天威星てんいせい 双鞭 呼延灼
天英星てんえいせい小李広 花栄
天貴星てんきせい小旋風 柴進
天富星てんふうせい撲天雕はくてんちょう李応
天満星てんまんせい美髯公 朱仝
天孤星てんこせい 花和尚 魯智深
天傷星てんしょうせい行者 武松
天立星てんりつせい双鎗将そうそうしょう董平
天捷星てんしょうせい没羽箭ぼつうせん張清
天暗星てんあんせい青面獣 楊志
天裕星てんゆうせい金鎗手 徐寧
天空星てんくうせい急先鋒 索超
天速星てんそくせい神行太保しんこうたいほう戴宗
天異星てんいせい赤髪鬼せきはつき劉唐
天殺星てんさつせい黒旋風 李逵
天微星てんびせい九紋竜 史進
天究星てんきゅうせい没遮攔ぼつしゃらん穆弘
天退星てんたいせい挿翅虎そうしこ雷横
天寿星てんじゅせい混江竜 李俊
天剣星てんけんせい立地太歳りっちたいさい阮小二
天平星てんへいせい船火児せんかじ張横
天罪星てんざいせい短命二郎 阮小五
天損星てんそんせい浪裏白跳ろうりはくちょう張順
天敗星てんはいせい活閻羅かつえんら阮小七
天牢星てんろうせい病関索 楊雄
天慧星てんけいせい拚命三郎へんめいさんろう石秀
天暴星てんぼうせい両頭蛇りょうとうだ解珍
天哭星てんこくせい双尾蝎そうびかつ解宝
天巧星てんこうせい浪子 燕青
駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

2014-08-02

[][][]天書の座次 第七十一回『水滸伝』中 平凡社 08:37 はてなブックマーク - 天書の座次 第七十一回『水滸伝』中 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 百八人の将星がそろったところで、座次があらわれます。

第七十一回 忠義堂に 石碣文を受け  梁山泊に 英雄座次に排(なら)ぶ

 さて宋公明は、(略)山寨にひきあげて大小の頭領をかぞえてみると、あわせて一百八人に達しているので、心中大いによろこび、一同に向かっていうには、

「わたしは、江州を騒がせて山に上ってよりこのかた、いろいろと英雄なるみなさんの助けを得、頭(かしら)としておし立てられてきたが、こんにち、あわせて一百八人の頭領が集まるに至ったことはまことによろこばしいしだいです。晁蓋兄貴が亡くなられてから、兵をひきいて山を下るたびに、いつも事なきを得てきたのは、ひとえに上天の加護によるものであって、人の力ではない。(略)いまここに一百八人が集まったということは、まことに古今まれに見ることといわねばならぬ。これまでのいくさで、多くの人々を殺してきたが、まだその供養もしていないので、わたしは、羅天大醮(らてんたいしょう)(星祭り)を営んで、天地神明の加護のご恩におこたえし、一つには兄弟一同の心身の安楽を祈り、二つには朝廷よりはやく恩赦が下って大罪がゆるされ、みなが身を捨て力をつくして、尽忠報国、死してのちやまんことを願い、三つには晁天王がはやく天界に再生されて、幾世までも久しくお会いできるように祈るとともに、横死したもの、惨死したもの、火に焼かれたもの、水におぼれたもの、すべて罪なくして命を失った人たちの霊を安んぜしめたいと思うのです。」

駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

第七十一回 忠義堂に 石碣文を受け  梁山泊に 英雄座次に排(なら)ぶ

 かくて話がきまり、四月十五日から七日七夜、法事をいとなむことになり、山寨では大いに銭財をつかって準備をいそいだ。その日が近づくと忠義堂の前には長旛を四流立て、堂上には三層の高い台を組み、堂内には七宝づくりの三清の聖像を安置し、その両側には二十八宿・十二宮辰、祭るべきいっさいの星官・真宰(造物主)を祀り、堂外には祭壇を守る崔・鄧・竇の神将を立てつらねた。

駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

 当然といえばそうですが、祀るのはいわゆる道教の神々ということになります。


第七十一回 忠義堂に 石碣文を受け  梁山泊に 英雄座次に排(なら)ぶ

ちょうど七日目の(略)夜の三更ごろ、とつぜん天上に絹を引き裂くようなひびきがきこえた。ちょうど、西北、乾(いぬい)の方角の天文(天上に通ずる門)のあたりであった。一同が見れば、それは両端が尖って中央がひらいた、直立した金の盤のようで、天門開(天門ひらく)とか天眼開(天眼ひらく)とか呼ばれるものであった。その奥から(略)籠のような形の一塊の火の玉が転がり出し、(略)壇のほとりをひとめぐりすると、真南の地下にもぐりこんでいった。そのとき天眼はすでにとじられていた。同士たちは段をおりた。宋江はすぐ部下のものに鋤鍬で土を掘って火の玉をさがさせた。そこの地面を三尺ほど掘り下げると、一枚の碑(いしぶみ)(石碣)が出てきた。その両面には、それぞれ天書の文字がしるされていた。詩にいう。

 忠義の英雄逈(はるか)に台を結ぶ

 上帝に感通すまた奇なる哉

 人間(じんかん)の善悪皆報いを招く

 天眼何れの時か大いに開かざらん

(略)さて碑をとってこさせて見ると、その表は竜章鳳篆の蝌蚪(かと)の文字(古代文字)で、誰もわかるものはなかった。ところが同士たちのなかに、姓は何(か)、法名を玄通というものがいて、(略)いそいで碑をささげ出して何道士に見せたところ、しばらくして何道士はいった。

「この碑の表にはずっとあなたがたのお名前が彫ってあります。片側には、

  替天行道

 の四字、もう一方の側には、

  忠義双善

 の四字があって、上段はみな南北二斗の星の名、その下があなた方の号になっております。おさしつかえなければ、はじめから一つ一つ読んでさしあげましょう」

(略)宋江は聖手書生の蕭譲(しょうじょう)を呼び、黄色い紙(黄は高貴の色)にうつしとらせた。何道士は、

「表には天書三十六行があって、いずれもこれは天罡星(てんごうせい)です。裏にも天書七十二行があって、これはみな地煞星(ちさつせい)です。その下にはあなたがたのお名前がつけたしてございます」

 といい、ややしばらく見つめていたが、やがて蕭譲にはじめからおわりまでずっと書き取らせていった。

駒田信二『水滸伝』中 中国古典文学全集11 平凡社

2014-01-26

[][][]駒田信二『水滸伝』上 平凡社 21:59 はてなブックマーク - 駒田信二『水滸伝』上 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 水滸伝目次

目次

引首(はしがき)

第一回

 張天師 祈って瘟疫(うんえき)を禳(はら)い

 洪大尉 誤って妖魔を走らす

第二回

 王教頭 私(ひそ)かに延安府に走(のが)れ

 九紋竜(くもんりょう) 大いに史家村を閙(さわ)がす

第三回

 史大郎 夜に華陰県に走れ

 魯提轄 拳もて鎮関西(ちんかんせい)

第四回

 趙員外 重ねて文殊院を修め

 魯知深 大いに五台山を閙(さわ)がす

第五回

 小覇王 酔って銷金帳に入り

 花和尚 大いに桃花村を閙(さわ)がす

第六回

 九紋竜 赤松駿に剪径(おいはぎ)し、

 魯智深 瓦罐寺を火焼す

第七回

 花和尚 倒(さかしま)に垂楊柳を抜き

 豹子頭 誤って白虎堂に入る

第八回

 林教頭 滄州道に刺配せられ

 魯智深 大に野猪林を閙(さわ)がす

第九回

 柴進 門に天下の客を招き

 林冲 洪教頭を棒打す

第十回

 林教頭 風雪に山神廟へ

 陸虞候 草料場を火焼す

第十一回

 朱貴 水亭に号箭を施(はな)ち

 林冲 雪夜梁山に上る

第十二回

 梁山泊に 林冲 落草し

 汴京城に 楊志 刀を売る

第十三回

 急先鋒 東郭に功を争い

 青面獣 北京に武を闘わす

第十四回

 赤髪鬼 酔って霊官殿に臥し

 晁天王 義を東渓村に認む

第十五回

 呉学究 三阮に説いて撞籌(とうちゅう)し

 公孫勝 七星に応じて義に娶る

第十六回

 楊志 金銀担を押送し

 呉用 生辰綱を智取す

第十七回

 花和尚 二竜山を単打し

 青面獣 宝珠寺を双奪す

第十八回

 美髯公 智もて挿翅虎を穏(なだ)め

 宋公明 私(ひそ)かに晁天王を放つ

第十九回

 林冲 水寨に大いに火(か)を併(う)ち

 晁蓋 梁山に少しく泊を奪う

第二十回

 梁山泊に 義士晁蓋を尊とし

 鄆城(うんじょう)県に 月夜劉唐を走らす

第二十一回

 虔婆 酔って唐牛児を打ち

 宋江 怒って閻婆惜を殺す

第二十二回

 閻婆 大いに鄆城県を閙がし

 朱仝 義もて宋公明を釈(ゆる)す

第二十三回

 横海郡に 柴進賓を留め

 景陽岡に 武松虎を打つ

第二十四回

 王婆 賄を貪って風情を説き

 鄆哥(うんか) 不(おお)いに忿(いか)って茶肆を閙がす

第二十五回

 王婆 計もて西門慶を啜(そその)かし

 淫婦 薬もて武大郎を鴆す

第二十六回

 骨殖を偸(ぬす)みて 何球叔喪を送り

 人頭を供えて 武二郎祭りを設く

第二十七回

 母夜叉 孟州道に人肉を売り

 武都頭 十字坡に張青に遇う

第二十八回

 武松 威もて安平寨に鎮(おも)く

 施恩 義もて快活林を奪う

第二十九回

 施恩 重ねて孟州道に覇たり

 武松 酔って蒋門神を打つ

第三十回

 施恩 三たび死囚牢に入り

 武松 大いに飛電(ママ)浦(ひうんぼ)を閙がす*1

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*1:本文では「飛雲浦」

2013-10-16

[][][]「朱子学をやります」~~木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ 10:11 はてなブックマーク - 「朱子学をやります」~~木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ - 蜀犬 日に吠ゆ

目次
はじめに

第一章 「学」について

第二章 「性」について

第三章 「理」について

第四章 「理」について 続き 

第五章 「心」について

第六章 「善」について

コラム
  1.  朱熹という人
  2.  朱子学のテキスト
  3.  「理」という言葉の歴史
あとがき
木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ

第一章 「学」について

 『論語』冒頭の「子いわく。学んで時にこれを習う。また説ばしからずや」に現れる「学」についての注釈をまず読んでみましょう。

 学之為言、效也。

 人性皆善、而覚有先後。

 後覚者、必效先覚之所為、

 乃可以明而復其初也。

学の言たるや、效なり。人の性はみな善なるも、しかるに覚(きづ)くに先後あり。後覚者は、必ず先覚の所為を效(ま)ね、すなわちもって善なるを明らかにしてその初に復(かえ)るべきなり。

「学」という言葉は「まねる」という意味である。

人の性はみな善であるのだが、しかしそのことに覚(きづ)くについては先後がある。

後れて覚く者は、必ず先に覚いたものの為(す)ることをまね、

そうしてこそ(人の性の、つまり〈われ〉の性の)善であることをハッキリとあらわしてその(生まれた)当初の(性善の)状態に復(かえ)ることが出来るのである。

          (論語集注・学而)

第一章 「学」について

 「学」という言葉は朱熹のテキストにおいては端的に孔子に結びついている言葉だと云えます。「学」という営みは孔子によって確立され後世に遺されたと朱熹は考えていました。もっとも見やすいのは朱熹が数えで六〇歳、淳煕己酉(一一八九)春三月の日付のある「中庸章句の序」でしょうか。

 その「中庸章句の序」は「中庸はどうして作られたのか。子思子(孔子の孫・子思に尊称「子」を付けた語)が道学が伝えられなくなるのを心配して作ったのである」と始まります。「道学」とまず提示されます。次ぎにこの「道学」の出現に到る道筋が遡源する形で「上古の聖神」から辿りなおされます。しかしここで注意しておくべきはこの道筋が「道学」から改めて「道統の伝」として提示されることです。(略)堯、舜、禹以降、君であった者としては殷の湯王、周の文王、武王、臣であった者としては皐陶(こうよう)、伊尹(いいん)、傅説(ふえつ)、周公、召公と数え、すべて堯から舜、舜から禹に授けられた先ほどの告戒の語をもって「夫(か)の道統の伝を接(つ)ぐ」とまとめます。

木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ

第一章 「学」について

次ぎに『論語』中に出現する「学」についてのテキスト、それについての朱熹の注釈から外すことの出来ないテキストを取り上げておきましょう。ある意味では「学」という営みにおける最も重要な論点を証す、朱熹の言によれば「聖賢は学を営む際の心得、その得失(マルかペケか)の分かれ目について多くの言葉を遺してきたが、ここの言葉ほどに切にして要なるものはない」とされるテキストを取り上げておきましょう。すでにこれまでにも「〈われ〉」という表記でわたくしが示してきた論点です。


 まず『論語』の本文です。

 子曰:古之学者為己、今之学者為人。

 子いわく。古の学ぶ者は〈おのれ〉のためにした。今の学ぶ者は〈ひと〉のためにしている。

                         (論語・憲問)

 次ぎにここの箇所に付く朱熹の注釈です。

 程子曰:

 為己、欲得之於己也。

 為人、欲見知於人也。


 程子曰:

 古之学者為己、其終至於成物。

 今之学者為人、其終至於喪己。


 愚按:

 聖賢論学者用心得失之際、其切多矣、

 然未有如此言之切而要者。

 於此明辨而日省之、則庶乎其不昧於所従矣。


 程子の言葉。

 〈おのれ〉のためにするとは、〈おのれ〉に得ようとすることである。

 〈ひと〉のためにするとは、人に知られようとすることである。


 程子の言葉。

 いにしえの学ぶ者は、〈おのれ〉のためにしたので、その学ぶ者は終には「物を為す(実を結ぶ)」(周易繋辞上伝)に至った。

 いまの学ぶ者は〈ひと〉のためにしているので、その学ぶ営みは結局〈おのれ〉を失うに至る。


 私が考えるに。

 聖賢が、学ぶ者の(そのまさに学ぶという営みを実際に営むについての)心得、その得失の分かれる分岐点を論じた説はまことに多々あるが、

 しかしここの言葉ほど切にして要なる者はない。

 ここの言葉が云うところにおいてはっきりと見極め、日々に思い返すならば、どのように学の営みをすすめたらよいのかについて迷うところはなくなるだろう。

                 (論語集注・憲問)

木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ

「夢奠記(ぼうてんき)」には、三月五日の夜半、朱熹は張載の「西銘(せいめい)」について説き、さらに言った、として、次のような言葉を伝えます。

 為学之要、

 惟事事審求其是、決去其非。

 積累日久、

 心与理一、自然所発皆無私曲。

 聖人応万事、天地生万物、直而已矣。


 学を為すことの要は、

 他ならず、ひとつひとつの事(行動)について、その是なる(仕方)を審求し、決然とその非なる(しかた)を去ることだ。

 (その営みを)果てることなく積み累(かさ)ねていると、

 心が理とひとつになって、自然と(心が)発(あらわ)す所(行動)にはいずれにも私曲(自分の利益に回り込む、再帰する)という点は見られなくなる。

 聖人は万事に応じ、天地は万物を生む。(その働きはともに)直(まっすぐ)と云うに尽きるではないか。

              (蔡沈(さいちん)「夢奠記」。ただし現行の「夢奠記」では「自然」以下二二字を欠く。「朱子年譜」に引くものにより補った。)

木下鉄矢『朱子学』講談社選書メチエ
朱子学 (講談社選書メチエ)

朱子学 (講談社選書メチエ)

2013-03-29

[][][]朱子流読書術 22:49 はてなブックマーク - 朱子流読書術 - 蜀犬 日に吠ゆ

第十三章 四書の表章

8 学問は、必ず『大学』を先とし、次に『論語』、次に『孟子』、次に『中庸』を学ばねばならぬ。『中庸』は工夫が精密で、規模が広大である。(語類巻一四)

荒木見悟編集『朱子王陽明』中公バックス世界の名著19

第十三章 四書の表章

9 読書は、さしあたってわかりやすく解しやすいものから読め。『大学』『論語』『孟子』『中庸』の四書に至っては、道理が輝いている。人がただそれを読まないだけだ。もしこの四書を理解すれば、どんな書物でも読めるし、どんな道理でもきわめられるし、どんな物事でも処理できる。(語類巻一四)

荒木見悟編集『朱子王陽明』中公バックス世界の名著19

第十三章 四書の表章

22 私は、幼少の頃から、『論語』『孟子』を読んだ。その後、論孟以上の書を探したが、結局みあたらなかった。

荒木見悟編集『朱子王陽明』中公バックス世界の名著19

第十三章 四書の表章

23 私は、十数歳の時、『孟子』に「聖人と我とは類を同じゅうするものだ」(告子上)とあるのを読んで、いいようもなくうれしかった。聖人には、わけなくなれると思ったからである。だがいまは、(聖人になるのは)容易でないことだと思っている。(語類巻一〇四)

荒木見悟編集『朱子王陽明』中公バックス世界の名著19

第十三章 四書の表章

17 『論語』を理解すれば、孔子であり、『孟子』を理解すれば、孟子である、という人がある。よく考えてみると、やはりその通りだ。『論語』の中の言葉を、本当によく究明し、その細かい点までつきつめて了解し尽くし、まるで孔子の腹中を貫くように、孔子の肺肝(はいかん)がすっかりわかるなら、孔子といえるのではないだろうか。『孟子』の中の言葉を、本当によく究明し、了解しきって何もかも知り尽くし、まるで孟子の腹中を貫くように、孟子の肺肝がすっかりわかるなら、孟子といえるのではないだろうか。(語類巻一九)

荒木見悟編集『朱子王陽明』中公バックス世界の名著19