蜀犬 日に吠ゆ

2017-05-07

[][]大森洋平『考証要集』文春文庫 2013 20:56 はてなブックマーク - 大森洋平『考証要集』文春文庫 2013 - 蜀犬 日に吠ゆ

 NHK の時代劇考証ディレクターの用語集。今まで勘違いしていた言葉遣いを指摘されて、目から鱗(新約聖書)の体験でした。

当たって砕けろ(あたってくだけろ)

 これは「go for broke」の訳語で、日本古来の言葉ではないのではないかと言われたが、江戸時代の浮世草子や芝居の台詞に用例がある。

大森洋平『考証要集』文春文庫
あります(あります)

 最近の「戦前ドラマ」では、陸海軍を問わず軍人にやたら「~であります」と言わせたがるが、これは正しくは旧日本陸軍の語法である。元は長州弁で、明治初期の陸軍が長州出身者だったことの名残と言われる。海軍では原則として使わない。(略)うっかり使うと「陸式(陸軍式のこと)はやめろ!」と修正された。

大森洋平『考証要集』文春文庫

 ……修正、ってアレですよねえ(精神注入!)。


グル(ぐる)

 江戸時代にはあるが、もっと古い時代の台詞なら「仲間」「一味」が安全。

大森洋平『考証要集』文春文庫

 これは完全に「group」だと思っていたので、語源が気になるところですね。


郷に入らば郷に従え(ごうにいらばごうにしたがえ)

 「Do in Rome, as the Romans do.」の訳語と思われがちだが、鎌倉期に成立したとされる『童子教』に記載がある。人情に東西の別なし。

大森洋平『考証要集』文春文庫
二都を追う者は一兎をも得ず(にとをおうものはいっとをもえず)

 これは明治一〇年以降の用例のみで、江戸時代にはなかった言葉らしい。時代劇で使うのは危険(北村孝一『ことわざの謎』光文社新書一九頁~)。英語では、"If you chase two rabbits, you miss both."というのがある(Ted Morgan "Valley of Death"p.591)。

大森洋平『考証要集』文春文庫

 などなど

2017-05-06

[][][][] 軽蔑すべき教師~~原田種成(たねしげ)『漢文のすすめ』新潮選書 21:00 はてなブックマーク -  軽蔑すべき教師~~原田種成(たねしげ)『漢文のすすめ』新潮選書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 原田種成(たねしげ)『漢文のすすめ』新潮選書を読んでいたら、唐突に東京高等師範出身の先生がdisrespectされていましたので、ここに書き留めておきます。

 昭和七年四月、大東文化学院高等科*1に在籍したときに諸橋『大漢和』の編集メンバーに誘われて、雑司ヶ谷の諸橋教授のお宅に通う。

 メンバーには大東文化学院が多く、のちに刊行されたある書物に、「文理大*2の学生を編纂助手として」とあるところからしてやり玉に挙がる。

第二章 諸橋『大漢和』編纂秘話

(略)「昭和八年からは杉並区天沼(あまぬま)に家を一軒借り、文理大の学生を編纂助手として能率向上をはかった」とあかれているが、「昭和八年」は「昭和十年」の誤り、「文理大の学生」は天沼の編纂所には一人もおらず、すべて大東文化の出身者と在学生だけであったことをついでながら明らかにしておこう。おそらく、高等師範の出身者は漢文の読解力が不足していたkら『大漢和』の原稿作成に関与することはとうていできなかったであろう。資料蒐集(しゅうしゅう)時代に大東文化の学生は『周礼』『儀礼』『公羊伝(くようでん)』や『漢書』『後漢書』等の白文の原書から語彙カードを採取していたのに対し、たとえば、高師の学生だったK氏は先生から少年漢文叢書の返り点送り仮名のついている『論語』『孟子』を与えられて、語彙カードを作った思い出を書いていた――それほどの差違があったのである。

 高師は国漢科であるから、国語と漢文の両方を学習し、しかも就職に有利だからと修身や習字の免許を取るための学習もしていたから、漢文の力はあまり伸びなかったのである。大東文化の学生は、旧制中学時代から漢文が好きで、白文が読める力を持って進学し、更に高度の漢文を専攻したのであるから『大漢和』に引用する原文を読解することができたのである。

原田種成『漢文のすすめ』新潮選書

 なんといいますか、対抗意識を感じる。高師や文理大の学生は当然教授である諸橋先生の教えを直接受けているわけで、「少年漢文叢書」の話を見るに先生が優しく接しているのに対して大東文化の側は腹に一物かかえることになったのでしょうか。

 閑話休題(それはさておき)、原田先生、卒業後もしばらく辞書編纂にかかりきり。ですが生活のためには就職も考えなければなりません。始め明治大学附属中学校につとめます。

第二章 諸橋『大漢和』編纂秘話

 私は将来もずっと教員をしていくならば、明治中学も決して悪くはないが、まず公立中学校へつとめたいと考え、諸橋先生に相談した。すると、先生からちょうど高等師範の教え児の本村伝吉氏が府立十二中の校長をしていて、漢文教師を探しているからと、先生の推薦で十七年一月三十一日、東京府立十二中学校の教諭となった。本村校長は高等教員の免許所持者を教員に集めていたのである。十二中学は間もなく千歳中学と校名変更になった。

(中略)

 そして、十八年の六月ごろ、橋本氏から連絡があった。応召で欠員ができたから群馬師範へ来ないかという。下谷の金杉で生まれ、根岸の小学校から神田の中学、そして九段の大東文化学院と、私は東京を離れて暮らしたことはなく、昭和十五年に水戸中学から学院を通じて招聘があったときも、東京を離れたくなかったので断ってしまったくらいだ。しかし、橋本氏は岳父の恩師であり、私はあれやこれや考えた末、東京を離れる決心をした。官立専門学校に昇格した「師範学校教授」とは歴とした高等官である。私は家族をつれて親類縁者の一人もいない前橋に移り住むことにした。

原田種成『漢文のすすめ』新潮選書

 というわけで転勤。その群馬の話も面白いのですが、今回は転勤の際の所感。


第二章 諸橋『大漢和』編纂秘話

 私の場合、内閣の発令が、いつになるかわからなかったが、千歳中学本村伝吉校長に正式に申し出たところ、校長は何を考えていたのか、私の学級担任も授業科目も全部はずして、図書の整理をしてくれと言う。

 私は赴任の前日まで、心残りのないように精魂籠(こ)めた授業をして中学を去ろうと思っていたのに、その願いは踏みにじられて悔しくてたまらなかった。本村校長は転任が決まった教師は、真面目な授業をしないものと持っていたらしい。彼自身がそのような教師であったのかもしれない。

 本村校長は東京高等師範学校の国漢科出身で、四十代の初めに校長になり、有能な校長と思われていたが、私はかねてよりその教育観に疑問を抱いていた。あるとき校長が漢文の授業を担当したことがあった。その試験の監督を私がしたとき、校長は生徒がやまをかけるから各ページから一字ずつ読み方を出題するのだといった。私はそれを聞いてあきれてしまった。

 私は試験というものは、その範囲の中で一番大切なところ、一生涯覚えておく価値のあるところを出題すべきであると考え、また、実際、私の出題はそれに徹していた。それが教育であると信じている。校長のやり方は、教育効果ということをまったく考えないものであった。私は校長を心の中で軽蔑していた。

 体躯は堂々として豪傑ぶっていたが、もらった葉書を見ると、小さい字で隅のほうにチョコチョコと書いているので、見かけとは違って肝っ玉の小さい人物だと思っていた。

 人を信頼することができない小心な言動にいやになり、彼が勝手に決めた図書の整理などもまったくする気がなかったから、学校へは足を向けず、発令になるまで編纂室に出て辞典の仕事を続けた。

原田種成『漢文のすすめ』新潮選書

 まあ、そりが合わなかったのだなあ、という印象。あと、気に入らないからと学校行かないという豪傑ぶりもどうなのでしょうね?

*1:いまの大東文化大学

*2:高等師範の付属大学(!)

2016-10-08

[][][]言葉の始まり、うたのはじまり~~「中国文学という方法」と「古今和歌集」から 17:30 はてなブックマーク - 言葉の始まり、うたのはじまり~~「中国文学という方法」と「古今和歌集」から - 蜀犬 日に吠ゆ

 漢文の本を読んでいたら、古今和歌集の話が思い起こされました。

文学意識の自覚

『毛詩』大序

 中国で最も古い文論は『毛詩』大序だと言われます。『毛詩』というのは『詩経』のことです。『詩経』は始め歌として口承で伝えられましたが、漢代になって文字化された際に、四系統の『詩』ができました。『毛詩』はその中の一つで、毛氏(毛さん)という人の作ったテキストです。後に残りの三つのテキスト(『韓詩』『魯詩』『斉詩』の三家詩)が全て滅びてしまったので、現在我々の見ることのできる『詩経』は『毛詩』だけです。この『毛詩』には序文がついていて、そこに原初的な形の文学論が記されているのです。それは以下の通りです。

詩者志之所之也。在心為志、發言為詩。情動於中、而形於言。言之不足、故嗟歎之。嗟歎之不足、故永歌之。永歌之不足、不知手之舞之、足之蹈之也。

(詩は志の向かうところである。心の中にあるときは志であり、言葉になって発せられると詩になるのだ。心の中に情が動くと、それは言葉になって表れる。言葉で表しても足りないときは、大きく感嘆する。感嘆しても足りないときは、声を長くして歌う。歌っても足りないと、知らず知らずのうちに手足が踊り出すのだ。)

(略)

情發於聲、聲成文、謂之音。治世之音、安以樂、其政和。亂世之音、怨之怒、其政乖。亡國之音、哀以思、其民困。故正得失、動天地、感鬼神。莫近於詩。先王以是經夫婦、成孝敬。厚人倫、美教化、移風俗。

(情は音声になって発せられるが、この音声が「文」すなわち彩模様(あやもよう)を成したもの、これを「音(音楽・メロディー)」という。世の中が良く治まった国の音楽は安らかで楽しい。その国の政治がうまく整っているからだ。乱れた世の音楽は恨みと怒りに満ちている。その国の政治がうまくいっていないからだ。滅びようとする国の音楽は悲しみと憂いに満ちている。その民が行き詰まっているからだ。だから、得失(成功と失敗)を正し、天地を動かし、鬼神を動かすもの、それは詩がもっともふさわしい。先王(古き良き時代の王)は、だから詩を通して夫婦の関係を整え、孝行心と敬愛の情を養い、人倫を厚くして教化を賛美し風俗を良い方に導いたのだ。)

牧角悦子「中国文学という方法」『中国学入門』勉誠出版

 この、「動天地、感鬼神。莫近於詩。先王以是經夫婦、成孝敬。厚人倫、」の件(くだり)、仮名序の「力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)のなかをもやはらげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をもなぐさむるは」じゃないかと思って、真名序を読んだら「動天地、感鬼神、化人倫、和夫婦、莫宜於和歌」の脚注に「詩経の大序に「動天地、感鬼神、莫近於詩」とある」ってまんま書いてあったので、あー迂闊でした。真名序もあとで精読しないとなあ。と思いましたことです。

文学意識の自覚

『毛詩』大序

 確かに、音楽はその時勢を反映します。戦乱にあえぐ国、貧困に押しつぶされる国、平和にぼけた国、その人々の発する音楽は、その国の民情の表れだといえるでしょう。ただ、それを、王者の側から人倫の教化と風俗の嚮導(きょうどう)に利用するのが良い、という主張に対して、近代的感性は距離、あるいは拒否を感じるのではないでしょうか。音楽は政治の為にあるのではない。と。

牧角悦子「中国文学という方法」『中国学入門』勉誠出版

 ううむ。ここはどうでしょうかね。鼓腹撃壌のことを考え合わせると、「和楽の音楽を強制して国民の幸福度を上げる」というよりは、儒教理念から「民の声は天の声、それは民の音楽から聞くことができる」という話なのではないでしょうか。

文学意識の自覚

『毛詩』大序

 ここに引いた『毛詩』大序は、おそらく前漢(前二〇六~八)の末ころのものです。前漢から後漢(二五~二二〇)にかけて、漢という王朝が儒教国家としての理念を強固にしていくまさにその時代に書かれたこの詩論は、心情の吐露としての詩を、直接的に王者の政治に結び付ける意図を持った、非常に儒教的な文学観の典型です。

牧角悦子「中国文学という方法」『中国学入門』勉誠出版

 ああ~、しかし、「怪力乱神を語らず」の先入観があったから、「鬼神をも感じさせ」と儒教を結び付けることができなかったのですな、私は。たしかに民衆の教導という立場は、儒教政治ですね。

中国学入門 中国古典を学ぶための13章

中国学入門 中国古典を学ぶための13章

古今和歌集 (岩波文庫)

古今和歌集 (岩波文庫)

2015-04-19

[][][][][]丸谷才一「不文律についての一考察」『腹を抱へる』文春文庫 15:47 はてなブックマーク - 丸谷才一「不文律についての一考察」『腹を抱へる』文春文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 丸谷先生の読み物(コラム?短評?)選集が二冊本で出ました。

 欲を言はせてもらへば、「膝を打つ」のはうも歴史的仮名づかいの表題がよかつた。文は人なり、といふなら仮名づかいは多分に丸谷才一の個性であつたのだ(と、おもひません?)。

 文庫は結構読んだはづですが、家の本棚では散逸してをりまして、今回の採録で(あ、読んだことある)という話も手元になかったり、(へえ、知らなかつた)といふやうな話は何遍も読んだ文庫本に入つていたり。ああ、人の記憶の何とはかなきことよ。じつはと申せばさきおとついまで読んでゐた『膝を打つ』のはうはもう所在不明だつたりします。

 なので、なるべくおもしろい話は本をなくすまへに書き留めておきたい。また買えばいいんですけど。

 イチロー選手が大量得点差で勝つてゐる状況で盗塁し、大リーグの精神に悖る、とか何とか言はれた話から、不文律について。

不文律についての一考察

 その、不文律にすべきことを成文法にしたため変なことになつた好例がわが国にあります。これはをかしな法令の最たるものとして有名である。わたしはこのことを笠松宏至さんの論文で知つたのですが、ちよつと紹介しませう。

 御成敗式目といふのは鎌倉時代の法典で、わづか五十一ヶ条より成る。そのなかの一条に悪口の罪といふのがあつて、「闘殺の基、悪口より起る」(喧嘩して殺人になるのは悪口からはじまる)と書き出し、「軽い悪口」でも拘禁、「重い悪口」は流罪と定めた。これはどうやら、面と向かつての悪口を念頭に置いてゐる条文らしいのですが(原文すこぶる難解、よくわからない)、うーん、これはすごいですね。流刑地がたちまち満員になりやしないかと心配である。

 さらに、法廷内での悪口は、当該訴訟「有理」(筋道が通つてゐる)のときは敗訴になり「無理」(道理にはづれてゐる)のときは没収刑といふことに決められてゐた。

 悪口が刑事罰の対象になるなんてことは、日本中世の武家法では極めて珍しいのださうで、このせいでお前は悪口を言つたぞと人をおどしたり、他人の自由や財産を奪ふ理由にしたりしたといふ。

 とりわけひどいのは法廷内の悪口で、何しろ悪口を言つたほうが敗訴と決めてあるのだからいちいち相手の言葉尻をとらへて悪口だ、悪口だ、俺は悪口を言はれたぞと言ひたてた。単に法廷内の言説だけでなく、訴陳状の文言についてもこれは悪口だと騒いだといふ。それはさうだらうな。相手が悪口を言つたことにすればこつちが勝つのだもの。ぜつたい言はせようとするよ。あるいは、言はれたことにしようとするよ。なんだか滑稽でもあるし、哀れでもある。

 そのいろいろな珍談は、『中世の罪と罰』(東京大学出版会)所収の笠松さんの論文で読んでいただくとして、この悪口罪なんか、成文法にしたせいで、をかしなことになつたのである。他人の悪口なんか面と向かつて言はないのが武士のたしなみといふ不文律で充分なのだ。立法者の北条泰時は武士たちの分別を信用してゐなかつたので、こんな失態を演じたのだらう。

丸谷才一『腹を抱へる』文春文庫
中世の罪と罰

中世の罪と罰

2015-01-12

[][][]石川博編『南総里見八犬伝』ビギナーズ・クラシックス角川ソフィア文庫 21:22 はてなブックマーク - 石川博編『南総里見八犬伝』ビギナーズ・クラシックス角川ソフィア文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

目次
  • はじめに 3
  • 義実(よしざね)、飼い犬の八房に冗談を言う(九回) 9
  • 伏姫の自害と飛び散る八つの玉(十三回) 17
  • 信乃の不思議な玉(十九回) 25
  • 額蔵も玉を持つ(二十回) 34
  • 額蔵と道節の戦い(二十九回) 43
  • 芳流閣の戦い(三十一回) 54
  • 犬士見八の出自(三十二回①) 63
  • 犬士小文吾の出自(三十二回②) 72
  • ヽ大(ちゅだい)法師が玉の由来を語る(三十七回) 78
  • 額蔵の危難を三犬士が救う(四十三回) 87
  • 矠平(やすへい)と音音(おとね)の婚姻の場に五犬士が揃う(五十回) 98
  • 犬坂毛野(いぬさかけの)が対牛楼の仇討ちを語る(五十七回) 105
  • 現八、庚申山で妖怪を退治する(六十回) 116
    • にせの一角が倒され角太郎は真実を知る(六十五回) 124
  • 夏引(なびき)らの悪事が露見する(七十一回) 132
  • 荘介(そうすけ)、小文吾と巡り合い、賊を倒す(七十七回) 145
  • 毛野、仇を討つために犬士と別れる(八十二回) 156
  • 毛野、仇を討つ(九十二回) 165
  • 七犬士集結(九十五回) 175
  • 犬江親兵衛、義成(よしなり)の危機を救う(百三回) 183
  • 親兵衛、素藤(もとふじ)と妙椿(みょうちん)を追い詰める(百二十一回) 190
  • 八犬士集結(百二十七回) 201
  • 親兵衛、虎を射る(百四十六回) 207
  • 作戦に加わるようヽ大(ちゅだい)を説得する(百五十三回) 217
  • 行徳口(ぎょうとくぐち)での小文吾の活躍(百六十四回) 228
  • 国府台(こうのだい)での戦いで猪を使う(百六十六回) 238
  • 毛野、五十子城(いさらごじょう)に入る(百七十七回) 245
  • 犬士の持つ玉の文字が消える(百八十勝回中編) 255
  • 八犬士、忽然と消える(百八十勝回下編大団円) 263

  • 解説 269
  • 登場人物小辞典 280
  • 南総里見八犬伝の舞台(江戸周辺・関東周辺) 284
石川博編『南総里見八犬伝』ビギナーズ・クラシックス角川ソフィア文庫

2014-02-06

[][]清水義範『ドン・キホーテの末裔』岩波現代文庫(その3) 22:36 はてなブックマーク - 清水義範『ドン・キホーテの末裔』岩波現代文庫(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

 読了。もちろんバッチリ罠にかかりました。全然気づかなかった。

第12章 物語には話者と登場人物がおり、その両者は別物だと示される最後の章

清水義範『ドン・キホーテの末裔』岩波現代文庫

 ミステリではないのでネタバレをしてもかまわないのでしょうけれども、最終章の意味を語るには第一章から話を追わなければならず、それには原文を引き写すのが最適。みごとな展開でした。

 ざっというと。『ドン=キホーテ』の文学における位置を探る時、それは文学そのものを意味づけるのだ、という話。それで清水先生のパロディにも意味がついちゃうかはおいておくとして。…そう考えると清水義範はあくまで自分を「パスティーシュ」って言っていたから今回の議論には関係がないのかもしれません。

 「小説の建設的空中分解」の、その次も楽しみです。

ドン・キホーテの末裔 (岩波現代文庫)

ドン・キホーテの末裔 (岩波現代文庫)