蜀犬 日に吠ゆ

2013-09-22

[][][]ポケットモンスターを始めます 17:12 はてなブックマーク - ポケットモンスターを始めます - 蜀犬 日に吠ゆ

 よく考えてゲームマニヤを自称しているのに「ポケモン」をしたことないのはさすがにまずいですよね。ちょうど積みゲーにポケモンがあったので電源ON!

 天下統一するぜ! 打倒信長!

 「ポケットモンスター」とは、日本の戦国時代を模した国で、平和を求めるブショーの戦いと成長を描く物語(、であってるはず)。

 主人公のブショーは「ポケットモンスター」とよばれる動物(?)を操って「イクサ」に勝利し、敵の城を次々陥落すべし! と、説明書を読んで理解しました。

 なんかサザエさんみたいな髪型の人が出て来ました。

(そして、どーでもいいけどカメラの電池が切れました。買い置きがあったはずなのに、置いてあるべき場所には(当然)ない。)

  1. トヨトミに喧嘩を売られる
  2. 蜂須賀小六と前野長康か。
    • 初戦から強敵じゃねえか。
  3. と思ったらたちまち勝利。チュートリアルされてしまった。
  4. そして「お一の方」が仲間に。
    • ポケモンは「プリン」
      • ビッパとポカブも仲間に。
ポケモン+(プラス)ノブナガの野望 (特典なし)

ポケモン+(プラス)ノブナガの野望 (特典なし)

2009-08-12

司馬遷

[][][]利休に聞け!~~井上靖『本覚坊遺文』講談社文芸文庫 18:55 はてなブックマーク - 利休に聞け!~~井上靖『本覚坊遺文』講談社文芸文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 実在だがほとんど事蹟の明らかでない利休の知己本覚坊に仮託して井上靖が述べる、「利休の茶とはなんであったのか」

本覚坊遺文 (講談社文芸文庫)

本覚坊遺文 (講談社文芸文庫)

 利休に仕えて茶会の手伝いをしていた本覚坊が、利休自刃後に夢の中で利休と対話する。人をもてなしその心を和らげるのが茶の湯であれば、なぜ太閤さまは激怒したのか。茶の湯第一人者として地位を築いた、権勢を誇る利休がなぜ一切の弁解を拒否し、またつてに縋って助命を請わなかったのか。

  • 一章
    • 慶長二年、師利休の死後二年。本覚坊は真如堂の東陽坊に会い、利休のことなどを話す。
      • 乱世の茶も終った!
    • 東陽坊は、師利休から「侘数寄常住、茶之湯肝要」の口伝を得ていた。
    • 師利休が京を追放になったとき、古田織部と細川三斎だけが見送った。東陽坊は、これを二人が利休がまた京に戻ってくると考えていたからだと述べる。
    • 夢の中で本覚坊は磧の道を行く利休を見送る。
  • 二章
    • 二月廿三日(慶長八年陽暦四月四日)
      • 北条の遺臣岡野江雪斎が修学院在の本覚坊を訪ねる。
        • 岡野は、太閤に包囲されつつある小田原城で、師利休の高弟山上宗二から茶の湯を学んだ、いわば孫弟子。
        • 岡野は山上から印可状として「山上宗二記」を伝授された。
        • 山上は小田原落城とともに生死不明。
      • 本覚坊は、半ば幻の中でのみ山上と会ったことがある。
        • 無ではなくならん、死ではなくなる。
    • 二月廿四日
      • 本覚坊は「山上宗二記」を筆写する。
      • 目利キニテ、茶ノ湯モ上手、数寄ノ師匠ヲシテ世ヲ渡ルヲ、茶湯者ト言ウ*1
      • 山上宗二記の内容は
        • 茶の湯の歴史、「珠光一紙目録」茶道具名品解説、「茶湯者覚悟十体」、「茶湯者之伝」、奥書、漢詩。
      • 総ジテ茶ノ湯ニハ、昔ヨリコノ方書物ナシ。タダ古キ唐物ヲ多ク見覚エテ、上手ノ茶湯者ト毎々参会シ、昼夜茶ノ湯ヲスル覚悟ガ則チ師匠ナリ。
    • 二月廿七日
      • 珠光一紙目録を筆写。
      • コノ一巻ハ珠光、目利キ稽古ノ道ヲ能阿弥ニ問イ窮メタルトコロノ日記ナリ。跡目宗珠ヘ相伝ス。引拙ノ時マデハ珠光ノ風体ナリ、ソノ後紹鴎、悉ク改メ、追加シ畢ンヌ。
    • 二月廿九日
      • 茶湯者覚悟十体を筆写。
      • 茶ノ湯ハ冬春ハ雪ヲ心ニ昼夜スベシ。夏秋ハ初夜過キマデ然ルベク、但シ、月ノ夜ハ独リナリトモ深更マデ。
        • この条ちと意味不明。夏秋は夜遅くまで茶の湯すべし?
      • 十五ヨリ三十マデハ万事ヲ師ニマカスルナリ。三十ヨリ四十マデハ我ガ分別ヲ出ス。四十ヨリ五十マデノ十年ノ間ハ、師ト西ヲ東ト違エテスルナリ。ソノウチニ我流ヲ出シテ、上手ノ名ヲトルナリ。茶ノ湯ヲワカクスルナリ。又、五十ヨリ六十マデノ十年ノ間ハ、師ノゴトク一器ノ水、一器ニ移スヨウニスルナリ。名人ノ所作ヲヨロズ手本ニスルナリ。七十ニシテ宗易ノ今ノ茶ノ湯ノ風体、名人ノホカハ無用ナリ。
        • これは分かります。能阿弥伝来だけのことはあります。「花伝書」の「守破離」ですね。
          • 儒者としては「述而不作」でも十分に個性が出ると思うのですが、芸術家はせっかちですね。
      • 慈鎮和尚曰く、ケガサレジトオモウ御法ノ、トモスレバ、世ヲワタルハシトナルゾカナシキ、宗二(慈鎮和尚ハ)常ニコノ歌ヲ吟ゼラレシト也。宗易ヲ初メ、我人トモニ、茶ノ湯ヲ見スギニイタス事、口オシキ次第ナリ。
    • 三月十日
      • 江雪斎と「山上宗二記」について話す。
      • 紹鴎が「枯レジカケテ寒カレ」に関し「茶ノ湯ノ果テモカクアリタキ」と言ったのは何故か。
      • 利休は何故死を賜ったのか。
    • 夢の中で、本覚坊は利休に会うが死の原因は教えてもらえない。
  • 三章
    • 古織さまのこと 慶長十五年
      • 利休亡き後の御茶頭は古織。二月十三日に本覚坊を招く。茶を世渡りのわざとする者は茶湯者ではない。本覚坊は古織の人間を見きわめようとする。
      • 織部は利休から授かった茶杓になみだ(泪)と銘する。それで本覚坊は織部の茶を理解する。
      • 織部は利休が賜死を受けいれたわけを知ろうと本覚坊に尋ねるが、本覚坊も知らない。
    • 古織さまのこと 再び 慶長十六年九月廿二日
      • 秋の茶席に招かれる。古織は利休から数寄の極意として「奈良の松野屋に徐煕の鷺の絵がある」と教わる。
      • 織部は、いまだに利休の死が解せない。
        • 茶は自分一代でいい、こうお思いだったのか
        • 自分の茶は亡びるのがいい、こうお考えだったか
        • 自分の茶が、もうこれ以上生きて行けぬことを、お見透しだったのか
        • 寿命を全うするのがお厭だったのか
      • 本覚坊は、利休が自分のありように自然だっただけではないかと返事する。
    • 古織さまのこと みたび 慶長十九年十二月
      • 大阪冬の陣。古田織部不名誉の負傷。本覚坊は夢の中で織部と話す。
  • 四章
    • 十月廿八日 (元和三年)
      • 織田有楽が建仁寺の塔頭正伝院に隠居所を造るというので見学にゆく。
      • 織部はすでに賜死。
      • 有楽は「織部どのは死ぬ時を探していた」と見抜く。「利休に殉じた」とも。
      • 「無と死」の茶席には、利休、宗二、織部がいたのだと気づく。
    • 八月三十日 (元和四年)
      • 正伝院を訪ねる。有楽は「利休は茶を、腹を切る場所にした」と本覚坊に語る。
  • 五章
    • 本覚坊が、利休の孫宗旦に利休の茶、秀吉の茶を語る。
  • 終章
    • 十二月廿四日 (元和七年)
      • 十三日、有楽死亡。
      • 本覚坊は磧の道を、利休のあとを追ってゆく。
    • 十二月廿九日
      • 利休は生前、物外軒(三好実休)や南坊(高山右近)の茶を褒めた。有楽は大阪夏の陣前に木村長門守重成が見せた茶のみを茶会と認めた。
    • 二月七日 (元和八年)
      • 本覚坊は夢の中で利休と太閤のやりとりを聞く。太閤は利休を助命しに来たが、利休は拒否して退がらせる。
      • 磧の道を、宗二、利休、織部が歩き去る。本覚坊は取り残される。

*1:新仮名で雰囲気ぶちこわし。井上靖の原文がそうか、底本の新潮社全集なのか、講談社文芸文庫が勝手になおしたかは不明。