2011-05-04
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][春歌]春のうた を読む(その40) 
79
たてがみをとらへまたがり裸(はだか)うまを吾嬬男子(あづまをのこ)のあらなづけする
橘曙覧(たちばな あけみ)
曙覧は福井生れの幕末の国学者・歌人。日常茶飯に取材して自在に歌い、江戸時代出色の歌人だった。歌集は号をとって『信濃夫廼舎(しのぶのや)歌集』という。裸馬をならす情景をこんな風に歌った歌人は、まず他にはいなかった。題材の面白さに加えて、きびきびした詠いぶりにこの人らしい魅力がある。「たのしみは」で始まる「独楽吟」五十首や飛騨銀山の採掘を歌った作なども興味深い。正岡子規が曙覧を称揚したことはよく知られていよう。
大岡信『折々のうた』岩波新書
「たてがみ」「とらへて」「あづま」「あらなづけ」と、双声の響きの美しい歌ですね。うつくしいうた、もうつくしい語呂です。うつくしいうまや、うつくしいうどん、などはうつくしいのですが、うつくしい風呂、うつくしいテレビは語感が悪い。
美しい花がある、花の美しさなどというものは、ない。←うそくせえ。でも、うつくしいうそではあります。
これで、「春のうた」はおしまい。もう夏になります。

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2011-05-03
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][春歌]春のうた を読む(その39) 
77
海だべがど おら おもたれば
やつぱり光る山だたぢやい 宮沢賢治(宮沢賢治)
『春と修羅』(大一三)所収の方言詩。題は「高原」。右の続きに次の三行がある。「ホウ/髪毛(かみけ)風吹けば/鹿(しし)踊りだぢやい」。詩全体は、海かなと思ったが、やっぱり光る山だったぞ、風が吹けば、鹿(しし)踊りにかぶる面の髪みたいに、髪が踊るぞ、という意味だろう。作者賢治が所蔵して書き入れをしていたこの『春と修羅』では、この詩の上に斜線が引いてあるそうだが、作者の意思いかんとは別に、この方言詩は生きている。
大岡信『折々のうた』岩波新書
と、大岡先生が書いてから、賢治の研究はほぼ進んでいないというのが国文学の常識。「斜線が引いてあるそうだ」が限界。
『春と修羅』という詩集の題名も、中身に負けず劣らず凄絶なイメージと牧歌的要素をないまぜにした賢治らしいものですね。
78
朝月夜(あさづくよ)双六うちの旅寝して 杜国(とこく)
紅花(べに)買(カフ)みちにほととぎすきく 荷兮(かけい)
『芭蕉七部集』第一『冬の日』の歌仙「しぐれの巻」より。杜国も荷兮も名古屋の人。江戸から芭蕉を迎えて歌仙五つを興行、蕉風の樹立にとって記念すべき集となった『冬の日』を生んだ。双六(すごろく)うちは賭け双六を渡世の業として歩く男。その男が、空にはまだ月が明るい早暁、紅花(べにばな)の仲買人たちが急ぎ足でゆく道に立ち出でて、ふとほととぎすを聞きつけた。初夏のさわやかな情景。紅花は、まだ露に濡れている早朝に摘むのが普通だった。
大岡信『折々のうた』岩波新書

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2011-05-02
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][春歌]春のうた を読む(その38) 
75
佐保神(さほがみ)の別れかなしも来ん春にふたゝび逢はんわれならなくに
正岡子規(正岡子規)
『竹の里歌』(明三七)所収。明治三十四年五月初旬の作で子規晩年の絶唱のひとつ。彼は六年前から結核、カリエスのため病床にあって文筆活動に没頭していた。「佐保神」は佐保姫、春の女神。「佐保神の別れ」は春との別れ。「われならなくに」は私ではないことであるものを。病状悪化激しく来年の春の女神には再会できまいというしみじみという思いを歌う。子規は春が好きだった。翌三十五年は春に生きながらえたら、九月十九日死去。
大岡信『折々のうた』岩波新書
キノコの山とたけのこの里の論争で、正岡子規が登場した例を見ないのは管見の故でしょうか。
76
五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
よみ人しらず
『古今集』巻三夏。「五月」は陰暦五月。「花橘」は橘の花をほめていう。「昔の人」は昔恋人だった人、ここでは女性。橘の花の芳香が、かつての思いびとの袖にたきしめられていた香りを、突然よみがえらせたのである。平安朝の詩人たちは、嗅覚の刺戟が過去をよび戻す事実に関心をそそられていた。それは当時における新しい主題の一つだった。この歌は大層愛されてので、「花橘の香」といえば「昔の人」という連想の型ができたほどだ。
大岡信『折々のうた』岩波新書
科学における認識論に発展させられない程度の文明でした。

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2011-05-01
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][春歌]春のうた を読む(その37) 
73
はつなつ の かぜ となりぬ と みほとけ は
をゆび の うれ に ほの しらす らし 会津八一(あいずやいち)
南都すなわち奈良の寺や仏をあこがれ詠じた歌集『南京(なんきょう)新唱』(大一三)所収。「南京」は北の京都に対して奈良をいったもの。「をゆび」は小指、「うれ」は末端。み仏は胸元にかかげた小指の先で、吹く風もさわやかな初夏の風になったことをほのかに覚知なさっているのだろう。意味はそれだけだが、口ずさめば一音一音の魅力にうたれる。八一は言葉の音の中にひそむ力をひき出し、示すため、総平がなの表記法をとった。
大岡信『折々のうた』岩波新書
この『折々のうた』は、掲載する詩歌に関しては原文に準拠しているのか、歴史的仮名遣いです。万葉集などは後世の漢字仮名遣いに変えているんでしょうけれど。で、作者名の読みと解説は新字新かななんですよね。それはいい。でも、新字新仮名でも、「あいづやいち」は「あいづやいち」でしょう? 「あいず」って気持ち悪い。ぞっとしません。大岡先生、これでいいんですか。それともこれが、朝日岩波のリベラリズムなのでしょうか。
はつなつの かぜ といえば、かわかみ せんせいの ちょっと やらしー あの すてきな はんが おもい だされます。 はつなつの かぜに ぼくは ならない。 ぼくは えいえんの かぜに のって まいあがりたい。
だから、またいうけど、「春のうた」に初夏バンバンはおかしいでしょう。
74
西蔵(チベット)のはだか菩薩(ぼさつ)の絵を見れば男のなやみあへて隠さず
植松寿樹(うえまつひさき)
第一歌集『庭燎(にわび)』(大一〇)所収。ラマ教の菩薩絵図を見て発した感を歌っている。寿樹は窪田空穂門の歌人で、若くして清澄な歌境を築いた。「目を閉ぢて深きおもひにあるごとく寂寞として独楽(こま)は澄めるかも」はつとに有名である。掲出歌、異土の裸仏(はだかぼとけ)が、日本などの仏の画像とは違い、男の持物をぶらんとさせているのを見たのであろう。「男のなやみ」という含みのある表現に、妙味、面白味がある。
大岡信『折々のうた』岩波新書
違うと思うなあ。交合仏じゃないか。それでなやむのは私か。大岡先生は悩まなかったんだろうなあ。

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2011-04-30
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][春歌]春のうた を読む(その36) 
71
花びらをひろげ疲れしおとろへに牡丹重たく萼をはなるゝ
木下利玄(きのしたりげん)
第一歌集『銀』(大三)所収。利玄は「白樺」派の歌人で、結核のため三十九歳で死去。右は二十代半ばの作で、牡丹のぼってりした感触をよくとらえている。この落花の描写は、いわばスローモーション撮影の方法と言えるだろうが、当時「白樺」同人が美術に強い関心を寄せていたことも、こういう描写法に影響を与えたかもしれない。晩年、「牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ」の有名な作がある。
大岡信『折々のうた』岩波新書
牡丹は夏の季語だと言うのは、天に唾する暴挙ですね、たぶん。
この歌自体、ばかばかしいですが、大岡先生は感動した、それはそれでいい。
自分のことは差し置いて、「就職活動しろ」という感想しか出ない歌。「弱い物がさらによわいものをたたく」話。植物は抵抗してこないから、ちぎってもむしってもいいです。でも、これは大岡先生ご推薦でも認めたくない歌ですね。
でも、大岡先生って、私の専門に近い所で言えば「梅原某」「白川某」だということがわかってありがたい。掲載時期の都合もあったろうに。
72
ぼうたんの百のゆるるは湯のやうに
森 澄雄(もり すみお)
『鯉素(りそ)』(昭和五二)所収。牡丹園の所見だろうか。たぶん白牡丹だろう、風でいっせいにこまいに身をゆする有様を、湯のようだと直感的に感じたのだ。中七以下のヤ行音の働きは、現実の花のゆらぎと、作者そして読者の心のゆらぎとを混ぜ合わしてしまう重要な触媒である。「湯のやうに」の奇抜な比喩が旬の命で、虚子の「ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に」などとは違った現代俳句の工夫がそこにはある。
大岡信『折々のうた』岩波新書
牡丹は見てみたい。近眼だからぼんやりと、花弁一つ一つにはこだわらず。
あと、「牡丹」は夏の季語な。

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2011-04-29
■ [筆記][国文][評論][折々のうた][春歌]春のうた を読む(その35) 
69
目には青葉 山時鳥(やまほととぎす) 初鰹(はつがつを)
山口素堂(やまぐちそどう)
作者名は関係なしに多くの人に愛唱されている句の代表格だろう。素堂は芭蕉と親交のあった江戸の俳人。諸芸に通じていた人という。句は「鎌倉にて」の前書がある。目のためには青葉、耳のためにはととぎす、初夏の最もさわやかな景物が鎌倉にはある。それさえあるに、舌のためには鎌倉名物の初鰹までも加わって、何と気持のいい土地か、という。初物好きの江戸人は、初鰹を大いに好んだ。
大岡信『折々のうた』岩波新書
おい! 何で春のうたに「初夏の景物」なのだ!
「青葉」「時鳥」「初鰹」みんな夏の季語なので、季重なりもいいところ。将棋でいうなら「二歩」どころか「三歩」ですよ。春も終わりとはいえ、この暴挙は許し難い。
ところで、江戸時代の江戸で鰹が不当に珍重されたことを嘆く方々もいらっしゃいますが、実際にはそれは鎌倉時代から始まった風習でした。
江戸の川柳に曰く、
「初鰹なに兼好が知るものか」
兼好法師と言えば、鰹を下魚扱いした戦犯扱いされていますが、まあ保守本流なのですから仕方ないと言えば仕方ない。
第百十九段
鎌倉の海に、鰹と言ふ魚(うを)は、かの境ひには、さうなきものにて、この比(ごろ)もてなすものなり。それも、鎌倉の年寄りの申し侍(はんべ)りしは、「この魚(うを)、己れら若かりし世までは、はか\゛/しき人の前へ出づる事侍(はんべ)らざりき。頭(かしら)は、下部(しもべ)も食(く)はず、切りて捨て侍(はんべ)りしものなり」と申しき。
かやうの物も、世の末(すゑ)になれば、上(かみ)ざままでも入(い)りたつわざにこそ侍(はんべれ)。
安良岡康作『徒然草』旺文社
第百十九段
鎌倉の海岸で、鰹という魚は、あの地域では、無上のものとして、このごろはもてはやすものである。その魚も、鎌倉の古老の申しましたところでは、「この魚は、わたしどもがまだ若かった時世までは、ちゃんとした方の御前へ出ることはございませんでした。頭は、下部も食べず、切って捨てましたものです」と申しました。
こうした物も、末世となると、上流階級にまでも入りこむという次第でございます。
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冷蔵冷凍技術のない時代、それぞれの旬を味わうことが最ももてなしの基本であったことでしょう。上方の人たちは鱧を尊んで鰻をその下に置きますが、坂東でも、別にうまい鱧を拒んだわけではないんです。鎌倉に政権が現れて貴顕がおとなうような事態に、箱根より西の食材でもてなすのは、むしろ失礼だと思っても、悪くはないでしょう。
江戸時代の江戸の人は、今度は。鴨川のほとりに暮らす人を「鰹のうまさをしらねえ」と茶化すわけですが、それはそれで無理でしょう。無茶でしょう。
そう思うと、素堂が「鎌倉」と言っているのは、古式を踏まえての事だと好感が持てます。鰹のゆかしい土地は鎌倉なんですよね。いま、鰹というと高知ですけど。実際は三陸沖でもとれたし、土佐の「鰹なら土佐」アピールはちょっと過剰に思えます。
70
白牡丹といふといへども紅(こう)のほか
高浜虚子(たかはまきょし)
『五百句』(昭一二)所収。大正十四年作。牡丹の美には原産地中国の感触がある。艶麗豪華な点で、桜などとは持味が違う。花王とよばれ、百獣の王獅子と好一対とされた。その特徴をつかんで、中国趣味の人蕪村は、「方百里雨雲よせぬ牡丹かな」と嘆じたが、虚子には虚子の牡丹があった。すなわち清楚な白牡丹である。しかしただ白なのではない。ほのかに紅をさしている、そのかそけさと深さ。別名「深見草」の本意を言いとめたような句である。
大岡信『折々のうた』岩波新書
牡丹は、花札でいのししと一緒にポーズを決めている極彩色のヤツしか知らん。あとで牡丹園に行ってみようかしらん。花弁の細やかさと花輪の端正さは好きだなあ。白牡丹にうすく紅がかかっているなんで、素敵すぎます。
花王って、花王でしょ。あれ月じゃん。P&G とかぶってるから訴訟合戦して欲しい。どっちがわるいの? あと、おかめ納豆とおたふくソースも訴訟合戦して欲しい。家人からおかめとおたふくは同じだと言われて、全然別会社だ! って叫んだ時僕の良心はちくちくとした痛みを感じたんだ。

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