蜀犬 日に吠ゆ

2019-11-23

[][][]言葉が通じるとき、言語はどのような働きをしているか~~西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書 22:02 はてなブックマーク - 言葉が通じるとき、言語はどのような働きをしているか~~西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

 言語学ではなく「認知言語学」への案内書。タイトルにもそう書いてあったのに、つい言語学全体の入門書かと思いこんで読み始てしまいました。読み進めていくと、言語学というのはアプローチの方法によって相反する部分もあり、一概にくくってしまうことの出来ない学問であるようです。

 書いていませんが、おそらく実際のことばを扱う「語学」とも異なる領域を扱っているようです。これはTwitterでそう言っている人もいまして、ああやはり、と思いました。言語学の入門的知識でもあれば語学に役立つかな? という下心をもっていたのですが、そういう風に直接つながっているわけではなさそうです。There is no royal road to learning(.学問に王道(いまでいう高速道路)なし)。

 ただもちろん入門書ですから、はじめに「言語学」全体の説明があります。言語学はまず、言語の歴史的な研究から始まり、その流れをかえたのがソシュールであったということです。つまり、ここで言語学は語学とははっきり分かれたのでしょうか。(p.8~)

西村 (略)現代の言語学は一九一六年に出版されたソシュール(Ferdinand de Saussure)のCours de linguistique générale(邦訳『一般言語学講義』、小林秀夫訳)から始まったと考えてよいと思います。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 つづき

西村 (略)ソシュールの前にも、言語に関する研究は行われていましたが、これは歴史的な研究が中心でした。ヨーロッパの言語の多くやサンスクリット語の間には系統関係があることが分かってきて、それらの系統関係がどういうものなのかを明らかにすることが言語学の研究の中心的な課題だったのです。音声的な面を含め、共通の起源とされる言語からさまざまな言語がどういうふうに派生していったのか、またここには一定の法則性がみられたので、その法則性を明らかにしていくわけです。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 本書の話題から少し離れて。世界史(ヨーロッパ史)の流れとしては、中世の学問的言語であるラテン語の存在があり、口語中心である各国ごとは区別されて当然の時代が続きました。キリスト教の世界観でいえば「バベルの塔」の伝説から、異なる国で異なる言語が存在することは神の裁きの結果だと考えられていたのかなあ。そんなところまで教科書には書いていませんけれども。とにかく、言語学と言う言葉は出てきませんね。それで母語ではないラテン語を操るために文法(自由七科の修辞?)の分析や研究が行われましたが、教科書ではこれを言語学という風にはいいませんね。

 12世紀ルネサンスの時期、ビザンツやイスラーム世界から流入したギリシアの古典文化がラテン語の文化を支えているギリシア語にも注意が払われるようになりました。それにあわせて、神の言葉ラテン語ならぬ各国の話し言葉によって伝えられた騎士道物語や叙情詩がジャンルとして認められるようになりました。『ローランの歌』(フランス)、『アーサー王物語』(イギリス)とか。イタリア・ルネッサンスののち、ネーデルラントの「貨狄尊者」エラスムス(15世紀後半~1536)はギリシア語聖書の研究で有名ですが、ラテン語の絶対的優位が揺らぎはじめ、ヨーロッパの言語の共通性や多様性が意識されるようになります。言語には地域による違いと、もちろん時代による違いがあるわけですが、まだ言語学は出てきませんね。

 ロココ・バロックの時代(17~18世紀)をすっとばしていいのか分かりませんが、すっとばして18世紀末。各国に言語学者が現れてヨーロッパの、あるいは植民地の言語を研究するうちにサンスクリット文学研究者のウィリアム=ジョーンズが20世紀インドとヨーロッパ諸語の共通点を指摘し、言語系統の理論化がすすみ、言語学(今は比較言語学と呼ばれる分野)は急速に発展することになりました。しかし語族の分類は現在の教科書ではほとんど扱われなくなり、昔の語族系統一覧表も今は載っていないようです。一部資料集には残っていますが、遠からず消えていくのでしょうね。ジョーンズさんの研究は言語学としてもカウントされなくなってしまうのでしょうか。頭が古いのでセム系だのハム系だの話題に上らなくなっていくのはさみしい。暗記する必要はあるか、といわれたら返す言葉もありませんが。

 ナショナリズムとロマン主義の時代。19世紀にグリム兄弟がドイツの「正しいドイツ語」を追求するため民族の伝統や伝承を収集し、『童話集』を編集します。これが教科書に出てくる言語学者としては最初でしょうか。

 閑話休題。このあたりのことどもが「言語学の研究の中心的な課題」であった、と。

 で、ソシュールですよ。(p.9~)

西村 (略)ソシュールは、それまでの言語学が扱っていたような、時間の流れに沿って捉えられる言語のあり方を「通時態」と呼び、それに対して、同時代的に捉えられる言語のあり方を「共時態」と呼んで、まずは共時的な研究が行われるべきだとします。(略)語句だけで意味をもつということはありえなくて、言語全体を一つの体型として、あるいは一つの構造として、捉えなければいけない。(略)

野矢 なるほど、ソシュールによって初めて「言語」という全体が研究対象として浮かび上がってきた。そういう意味で、「現代の言語学を開始した」と言われるわけですね。つまり、言語学とは、「言語という一つの構造体を研究対象とする学問」である、と。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 はじめ文法の話かな? と思ってしまいましたがそうではなくて「言語学の対象とする範囲」の話でした。ソシュールといえば「構造」ですが、その内容もさることながら、言語学の扱う範囲を規定したという部分で言語学に与えた影響も見過ごすわけにはいかないのだそうです。自分の感覚からすると分かったような分からないような。日々移ろいゆく「言語」を、ある一点で時間を止めてその全体を見わたして研究対象にするようなイメージを持ちましたが、そんなこと現実問題として可能なのでしょうか。また、この手法ならばどのような言語であっても対象に出来そうで、言語というものの本質に迫ることが出来そうですが、その対象とする「言語」を範囲指定できるものなのでしょうか。さっきの比較言語学ではありませんが、同系統の言語や、通常同じ言語とされる範囲内での「方言」の存在はどうするのか。大変そう。

 というわけで、ソシュールの理論は実態の研究においていくつもの方向に分派し、そのなかから「行動主義心理学」に基づく言語学が生まれます。(p.13)

野矢 行動主義というと、「観察可能な行動だけを扱う」という方法論を採用したわけですか? つまり、こういう状況ではこんな言語行動があったという、第三者的に観察可能なことだけを扱っていく。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 言語が存在して、誰かが意味をもって発話する。それを聞いた人が意味を理解する。日常的な言語活動、言語という現象です。ところが、チョムスキーがこうした流れに真っ向から反対します。

野矢 スキナー流のやり方だと、刺戟とそれに対する反応だけがあって、ここには規則性があるじゃないか、と言う話で終わってしまう。言語の場合だったら、どういう状況でどういう言語行動をとるか、その規則性だけを取り上げる。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

野矢 「言語の創造性」ということを、もう少し。

西村 チョムスキーがとくに注目したのは、母語の場合であれば、新規にいくらでも適切な文を作り出すことができる、また適切な文であれば、初めての文を読んだり聞いたりしてもきちんと理解できるということでした。原理的には、作り出せる文の数、理解できる文の数には限りがありません。そうした創造性をもたらす仕組みを明らかにしなければいけない。そのためには行動主義では無理だと考え、そして生成文法を創始したわけです。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 ここに来て、言語学の扱う対象がすこしかわってきました。言語の構造というのが、単語の意味や文法のことではなくて、「意味が伝わる仕組み」に注目するようになったのです。先ほど「日々移ろいゆく「言語」」などと気軽に書きましたが、言語が規則的な構造をもつのであれば、なぜ時代や場所によって変化するのか。常に変化するのであればなぜそれが伝わるのか、ということを研究するのも言語学であるということになります。チョムスキーはその仕組みを生成文法と考えて、「統語論(構文論)syntax」を研究しましたが、そこからまた新たに生まれたのが、認知言語学なのだということになります。

西村 まず、認知言語学が生成文法から受け継いでいる、両者の共通点をもう一度確認しておきましょう。言語習得や言語使用を可能にしている知識のあり方を解明することを目標にし、しかもその言語知識をこころの仕組みの一環として捉える、その点では生成文法も認知言語学も違いはありません。

 そのさい、生成文法では、生成文法では、様々な心の仕組み・機能全体の中で、言語知識は自律したまとまりを成していると考えます。(略)

 それに対して認知言語学は、こういう分け方はできないと考える。つまり、言語の能力は他の心の働きと分かちがたく結びついていて、言語知識がどういうものかを明らかにしようと思ったならば、ふつう私たちが言語的ではないと想定している心の働きまで考慮に入れなければならないと考えたのです。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

 ここまでまだほんの入り口。ですが、言語学の扱う範囲が、「言語が伝わるということ」「言語が存在するということ」の意味を問う言語哲学(こちらは哲学の分野)などに近づいてきた結果、認知言語学が生まれたのだという流れとして受け取りました。

 通して読むと、言語のもたらす作用は、意識してみると複雑であり、ふだんは意識せずに意思疎通の機能を使っていたのだということを思い知らされました。認知下言語学の部分についての感想は、多分のちほど。

西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室 哲学者と学ぶ認知言語学』

  • 目次
  • はじめに  i
  • 第1回 「彼女に泣かれた」――認知言語学の誕生  3
    • 間接受身   4
    • 言語学とはどういう学問か  8
    • チョムスキーの革命  11
    • 生成意味論の失敗  15
    • 言語知識と心の働き  20
    • 認知言語学ならではの問題  26
  • 第2回 「太郎が花子に話しかけてきた」――文法は意味と切り離せるか  31
    • 広義の文法と狭義の文法  32
    • 語彙項目  33
    • 文法とは何か  35
    • 文法は意味から自立しているか  38
    • 客観主義の意味論  44
    • 認知主義の意味論  45
    • 「てくる」の意味  50
    • 文法化  54
    • 認知文法と生成文法は成立しているのか
  • 第3回 典型的な鳥と変な鳥がいる――プロトタイプと百科事典的意味論  63
    • カテゴリー化  64
    • 古典的カテゴリー観  65
    • 新しいカテゴリー観  69
    • プロトタイプ意味論  73
    • 言語習得における見本の重要性  76
    • 関東と関西では「肉じゃが」の意味は異なる  79
    • プロトタイプとは何か  81
    • 百科事典的意味論  82
    • 「読む」といってもいろいろある  87
    • 典型的な犬の走り方  90
    • 文法項目のプロトタイプ  93
  • 第4回 「死なれた」のか「死なせた」のか――使役構文の家族的類似性  97
    • 言語学で「使役」と呼ばれるもの  98
    • 自他対応  101
    • 「太郎が窓を開けた」では何が原因なのか  103
    • 英語と日本語における自他対応  105
    • 語彙的使役構文と迂言的使役構文  106
    • 「死ぬ」・「殺す」・「死なせる」  110
    • 「この薬があなたの気分をよりよくさせるだろう」  113
    • 日本語では無生物主語の使役構文は言えないか  116
    • 道具主語の使役構文  118
    • 「花子は風で帽子を飛ばしてしまった」  120
    • 受け身と使役  122
    • 日本人と使役構文  125
    • 使役構文のプロトタイプ  126
    • 無生物主語の使役構文とメタファー  130
    • 道具が行為する  134
    • 意図しない結果への派生  135
    • 何もしないことも行為である  136
  • 第5回 「村上春樹を読んでいる」――メトニミーをどう捉えるか  141
    • こんなのもメトニミーなの?
    • メトニミーと多義性  146
    • 動詞のメトニミー  148
    • 参照点理論  153
    • 所有表現の分析  155
    • メトニミーの一方向性と参照点理論  157
    • フレームと焦点  159
    • パルメニデスなんて指示できません  164
    • タフ構文(This book is difficult to read.)  168
    • 初期の分析  170
    • 認知言語学からの代案  172
    • 「パイプが詰まっている」  175
    • 構文の意味とメトニミー的多義  177
    • 迷惑受身  180
  • 第6回 「夜の底が白くなった」――メタファー、そして新しい言語観へ  183
    • メタファーの事例  184
    • 「私たちの生を支えるメタファー」  187
    • 概念メタファー  191
    • 言語学なのか哲学なのか  194
    • 原理なき創造性  200
    • メタファーの誕生と死  205
    • 言語はつねに「揺らぎ」をもっている  208
  • おわりに  213
  • 付録――対談のひとこま  217
  • さらに学びたい人のための文献案内  228
  • 索引  233
西村義樹 野矢茂樹『言語学の教室』中公新書

2019-01-03

[][]E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫 14:45 はてなブックマーク - E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

円仁 唐代中国への旅 (講談社学術文庫)

円仁 唐代中国への旅 (講談社学術文庫)

 結構ページ数の多い本を並行して読んでいるので、内容が全然入ってきません。この本もようやくページをめくり終えましたが、また読みなおさなければ。

 ところで、ジャケット(カバー)裏に、「世界三大旅行記の一つともされる」とあったので、また日本独自基準だな、と思い、後の二つは「アレ」と「アレ」だね。と早とちりしてしまいました。1963年だと、あっちは落選するのかあ?

 私は、マルコ・ポーロ『世界の記述(東方見聞録)』、イブン・バットゥータ『三大陸周遊記』だと思っていたのですが、本文の第一章「円仁の日記」で、紀行文の話があり、

 マルコ・ポーロと円仁

 旅行家としてのマルコ・ポーロの名声は、世界中にとどろいているが、慈覚大師円仁の名前は、彼の故国日本でさえも、わずかに学者の間に知られているに過ぎない。

E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫

 玄奘・円珍と成尋

 マルコ・ポーロの有名な旅行記は、円仁の日記と並ぶ第一級のものであることは確かだが、実をいえば、内容や時間においてもっと手近な他の(人々の)業績がある。

 これらの最もよく知られたものの一つは、偉大な中国僧で旅行家である玄奘の書いた『西域記』である。

(略)

 円仁の仕事に最も近いものは、日本僧円珍の書いた『行歴抄(ぎょうりゃくしょう)』である。円珍は円仁と同時代の天台宗における後輩であり、よきライバル(競争相手)であった。天台宗は当時の日本の仏教を代表するグループであった。

(略)

 ところで、日記作家としては、円珍は一段と落ちる。円仁の記録は実質的にその全体が保存されていると思われるが、円珍の『行歴抄』は断片が残っているのに過ぎないのである。これらの断片は興味ある多くの記事を含み、例えば、彼の中国旅行中見聞した円仁と二人の日本人同行者とのその後の行動についての情報もあるが、ほんの部分的なものでしかない。しかるに、後代の歴史のなかでは、円仁はマルコ・ポーロや玄奘と肩を並べる人物として登場するのである。

E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫

 ということでした。ので、世界三大旅行記は(ライシャワー先生は別に言ってないけど)『世界の記述』『大唐西域記』『入唐求法巡礼行記』、でした。


 以下目次。

ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』講談社学術文庫>

  • 日本語版への序文 …… 9
  • まえがき 中村元 …… 11
  • 原版の序文  …… 15
  • 凡例 …… 30
  • 第一章 円仁の日記 …… 33
    • マルコ・ポーロと円仁 36
    • 九世紀の中国 39
    • 玄奘・円珍と成尋 46
    • 円仁の日記の現状 50
    • テキストの伝承 55
  • 第二章 円仁――巡礼と師父 …… 63
    • 新参者 63
      • 初期の日本歴史のすぐれた仏教僧侶の多くは、首都に近い地方の貴族の子孫である場合が普通であったが、円仁はただ一人例外であり、東日本、下野国(しもつけのくに)都賀郡(つがごおり)の名も知れぬ家に生まれた。当時、下野は、大和民族とその地方の先住民アイヌ族との境界線からほど遠からぬ辺鄙なところであった。彼の家族は壬生氏を名乗り、日本の第十代の天皇と伝えられている崇神天皇の皇裔であると主張した。しかしながら、誰しもが系図を誇る習慣のある国では、そのような主張はあまり真面目に受け取らなくてもよかろう。
    • 中国渡航 66
    • 巡礼 71
    • 弾圧 74
    • 教会の父 77
    • 円仁 ―― 生いたちと人柄 81
  • 第三章 遣唐使 …… 90
    • 上代の極東における国際関係 91
    • 遣唐使・遣隋使 94
    • 遣唐使の構成 100
    • 準備 104
    • 渡航第一回の試み 114
    • 渡航第二回の試み 119
    • 渡航第三回の準備 120
    • 渡航 124
    • 揚州への運河の旅 129
    • 揚州における遣唐使の一行 132
    • 拝謁 137
    • 貿易と商業 140
    • 帰国の準備 142
    • 荒海にて 146
    • 山東の沿岸を離れて 150
    • 帰国の航海 156
    • 帰朝の歓迎 160
  • 第四章 円仁と中国官吏 …… 171
    • 県庁よりの尋問 172
    • 通行証の申請 177
    • 県庁にて 183
    • 州庁にて 185
    • 勅書 189
    • 都督府にて 192
    • 途中 195
    • 長安(都)にて 199
  • 第五章 唐における生活 ……203
    • 大衆的な祭礼 203
    • 国家の儀礼 212
    • 禁忌・神話と不吉な前兆 217
    • 途上の糧食・宿泊 228
    • 僧院と旅僧 236
    • 経済地理的観察 241
    • 僧への官給 246
    • 円仁の費用の出所 249
  • 第六章 大衆の仏教 …… 261
    • 寺院の施設 263
    • 国家的教会 267
    • 宗派の分立 273
    • 精進料理 279
    • 宗教講義 286
    • 儀礼と祭祀 291
    • 神話と奇蹟 296
    • 五台山と文殊菩薩の信仰 300
    • 五台山の僧院 306
    • 五つの峯 314
    • 巡礼と後援者 318
    • 仏教の盛行と衰退 324
  • 第七章 仏教弾圧 …… 355
    • 反仏教的感情 336
    • 韓愈の覚え書き 341
    • 官の記録 346
    • 激化する嵐 351
    • 宮中の密謀 356
    • 最初の打撃 364
    • 皇帝と道教 372
    • 不死の峯 377
    • 弾圧の徹底 385
    • 円仁の追放 390
    • 再び途上にて 396
    • 州庁の迫害 404

  • 第八章 中国における朝鮮人 …… 414
    • 新羅国 414
    • 朝鮮人と世界貿易 416
    • 宮中の朝鮮人 421
    • 沿岸の貿易商 427
    • 張宝高 435
  • 第九章 帰朝 …… 449
    • 訳者あとがき …… 459
    • 年表 …… 481
    • 索引 …… 529
E・O・ライシャワー/田村完誓『円仁 唐代中国への旅』入唐求法巡礼行記の研究 講談社学術文庫

2018-03-04

[][]M.ガスコイン『タイタン~~ファイティング・ファンタジーの世界』教養文庫 社会思想社 17:37 はてなブックマーク - M.ガスコイン『タイタン~~ファイティング・ファンタジーの世界』教養文庫 社会思想社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 最近また読み返しましたが、やはり面白い。私が下手の横好きなりに世界設定を好むのはこの本の影響が大きい。

  • 謝辞 3
  • まえがき 5
  • ようこそ、勇敢な冒険者諸君! 19

  • タイタンの世界 ……25
    • 危難の地、アランシア  25
      • 定住地
      • フラットランド
      • フロストホルム
      • シャバクと南方国家
      • シルアー・チャと湿原帯
      • アランティスとケインレッシュ・マ
        • コラム ハラックのガリアス
    • 旧世界  43
      • チャランナの王国、フェンフィリィ
      • レンドルランド
      • アナランドと東部海岸
      • 悪の巣窟
      • 北方平原諸国
    • 暗黒大陸、クール  55
      • 混沌の荒れ野と古戦場
      • ジモーランと王の道
      • 北方平原諸国
      • 南方諸国
      • 内海
      • 孤立した王国、八幡
        • 乞食の国、シャクルー
    • タイタンの星空  68

  • 歴史と伝説  ……71
    • 始まりの時  71
      • ロガーンの創造
      • 他の種族の創造
      • 死がタイタンを歩く
      • 最初の戦い
        • コラム 歴史と神話(1)神の起源
        • コラム 歴史と神話(2)神話のバリエーション
    • 英雄の時代  88
      • 一つの大陸
      • 族長ハーフハンドの話
      • 大陸の分割
    • 文明のあけぼの  94
      • ヴィンハイムのビヨルングリム
      • 魔法使いの時代
      • 旧世界の都市国家
      • アナランドとその壁
    • 混沌の胎児  110
      • 死せる都の虜囚
    • 魔法大戦  117
      • アランシア襲撃
      • 混沌の古戦場
      • 最後の戦い
      • カーセポリス包囲戦
    • 新しい時代の幕開け  126
      • それからのアランシア
      • それからのクール
      • 戦争と平和のなかの旧世界

  • 善の勢力  ……135
    • 善の神々  137
      • 天の王宮
      • その他の神々
      • 善の拘束
        • コラム 善のルーン文字
    • ドワーフ――地底の探求者  147
      • ファングセインの壮士は、黄金を探す者ハンガール
      • 今日のドワーフ
      • ドワーフの楽しみ
        • コラム ドワーフのルーン文字
    • エルフ――ガラナの子ら  159
      • エルフの神々
      • 長い、長い一生
      • オーク戦争
      • エルフの冒険者とエルフの武器
      • エルフの居住地
    • 小さい善の種族  176
      • ノーム――静かなる庭師
      • 小人(ピクシー)と森人
      • 妖精、ミニ米と――そして魔法の危険
    • 仲間  184
      • 聖人コレタス
      • 魔法の新星たち
      • ニカデマスと死の呪文
      • ヤズトロモ、ダークウッドの番人
        • 南の地に伝わる仮面の魔法

  • 中立の勢力  ……205
    • "策略の神"ロガーン  206
    • "策略の神"の従者  210
    • 動物の王宮
        • コラム ”策略の神”のルーン文字

  • 邪悪と混沌の勢力  ……220
    • 混沌の暗き神々  221
    • 魔王子――魔界の王者  227
      • 魔族の余興と狩猟
      • 呪われた軍勢の司令官
    • オーク――邪悪の戦士  239
      • 創造者シャハク
      • 祈祷師――部族の魔術師
      • オークの単純な生活習慣
      • オークの軍隊
        • 有名オーク部族
    • ゴブリン――邪悪の子  255
    • 穴小人  267
      • 地下生活
      • "矢走り"ゲーム
      • 祈祷師と偶像
    • トロールとオーガー  271
    • 蛇人  279
      • 暑さを好む者たち
      • シスの復讐
      • 蛇人の都市
      • 禁断の知識
      • 俗界のシスの代理人
        • コラム 蛇人の都市
    • 南のジャングルのトカゲ兵  291
      • 始めに
      • リアシュ・チャ
      • トカゲ王
      • シルアー・チャ――トカゲ兵の都市
      • トカゲ兵の社会
      • 軍と帝国
    • 闇エルフ――夜の僕たち  306
      • 分裂行動
      • 地下都市
      • 貴族の競争
      • 商いと奴隷
      • 地上世界の襲撃
      • 魔術王と魔女王
        • コラム ティランデュイル・ケルサスの主要一族

  • 邪悪と混沌の代表者  ……325

  • 水の王国  ……362
    • ハイダナの子ら  363
      • 種族の分裂
      • 他の水中種族
        • コラム 人魚族の襲撃部隊
    • 沈んだ都市アトランティス  372


  • 冒険の生活  ――390
    • アランシアからバドゥ・バクまでの旅  390
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M.ガスコイン『タイタン ファイティング・ファンタジーの世界』教養文庫

2017-10-09

[][][][]『泣き虫弱虫諸葛孔明』 第四部 文春文庫 17:44 はてなブックマーク - 『泣き虫弱虫諸葛孔明』 第四部 文春文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 第肆部ではないんですね。

 さて、第参部が赤壁でして、孔明先生絶好調。

 そして第四部となりますと、蜀とり、でございまして、ついに天下三分なる。しかし、広大な領土を得て曹操、孫策に並ぶとなるところでついに劉備三兄弟は離ればなれになります。すなわち劉備は漢中獲得のため、陽平関を拠点に置く(軍師は法正)。関羽は荊州を呉軍から守るため外交や戦争に翻弄される(魏だってもちろん攻めてくる)。蜀の都で留守を守るのは諸葛孔明。

 三国鼎立は、決して天下の安定をもたらすものではなかったわけで、事態いよいよ風雲の急なるを告げるわけですが、緊迫してきたせいで、ギャグがなくなり、孔明の変態性もどんどん失われていくのが悲しい。幕の裏で変な踊りをおどるくらいで、あとは主君劉備のため、蜀の民のためにひたすら働くのみである。劉備の参謀となった法正だって、ぐんしーするわけではないですし。

 孫夫人を孔明邸に招待したとき、諸葛均夫妻がまだいたあたりはギャグを忘れていない感じですけど、陸遜が八陣図に捕らわれたとき、なぜか登場する黄承彦(こうしょうげん)などは、第壱部の三顧の礼のときにだいぶいじっていましたが、今回はサラッと流されてしまったのでさびしい。「えーいわしが出ずしてどうする」「お父様やめて」と黄氏(孔明夫人)とかけあいをしていた頃が、懐かしい。

 関羽が死んだら、こうですよ。

 われわれは今、最も『三国志』らしい部分を見ているのかもしれない。この天下の情勢において、義弟の讐(あだ)うちということのためのみに、大戦を起こそうとしている。いや、おこす劉備という人物のことである。こんな理由で戦さをおこす、しかも状況は否であるというのに、敢えてやるという執念。劉備の東征は『三国志』物語の中で最も面白いというか、グッとくる名場面なのではなかろうか。歴史上、希有なことであるに違いない。

酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』第四部 文春文庫

 しんみりそんなことを語られたら、「ギャグをもっと! まめ知識をもっと!」と騒いでいる私がアホみたいではないですか。麦城の関羽を見殺しにした劉封を処刑したあとしくしく泣いても、変態性が足りない。

 慌てて付け足しをいいますけれど、面白かったですよ。初期と作風がちょっと変わったなあ、ということが言いたかっただけです。

 連載および単行本の方は第五部(伍かしら)で完結したということです。つまり前半が南蛮遠征、後半は「出師の表」ですか。楽しみです。

2017-06-11

[][][]それ町、完結~~石黒正数『それでも町は廻っている』少年画報社 19:35 はてなブックマーク - それ町、完結~~石黒正数『それでも町は廻っている』少年画報社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 完結からどんだけ経っているのか、、、。とにかく、全巻読みましたよ!(たぶん*1

 回覧板だけ買っていましたが、こちらもこれから読みます。


 実を言いますと、15巻と16巻(完結)を続けざまに読んだので、いろんな感情が同時に湧いてきてまとまりません。しかも前まで読んだ話の記憶が曖昧、、、。

 とりあえず、日常とSFを織り交ぜて現実に着地してきたところでの、しずかちゃんの3コマは、すごく共感できたので良かったです。

で、最後のコマ*2

f:id:mori-tahyoue:20170611193313j:image

 感無量。

*1:当然のように昔のコミックは散逸しているからです

*2:ラパーをはずした裏表紙

2017-05-14

[][][]何晏と夏のがまん大会~~『世説新語』中国古典文学大系 平凡社 17:07 はてなブックマーク - 何晏と夏のがまん大会~~『世説新語』中国古典文学大系 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 魏の明帝(曹叡)によるパワハラ

http://katawareboshi01.g.hatena.ne.jp/mori-tahyoue/20170226/1488111328

 の続き。『世説新語』が無事に見つかったので書き出しておきます。

下巻 容止篇第十四

 二 何平叔*1は姿が美しく、顔の色も抜けるほど白かった。魏の明帝*2は、かれが白粉をつけているのではないかと疑い、夏の盛りに熱い湯漬けの麥并(もち)*3を食べさせてみた。たべ終わったあと、大汗が出てきたので、朱衣で顔をふいたが、彼の顔はいよいよ白くさえわたった。*4

『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 影山先生が「タンメン」と訳したところは、文学大系では「湯漬けのもち」となっています。「麥并」でも「餅」でも、小麦粉をこねた食品ですし、「湯」は味付きスープのこと(タンメンのタン)です。しかし、タンメンというとこちらはタンメンを想像してしまいます。もっと「すいとん」よりだったのではないかなあ、と個人的には思いました。

 何晏が宮中に暮らしていた話も、『世説新語』にあります。何晏の父は何進(大将軍)。母は尹氏(いんし)でしたが、何進の死後は魏武帝(曹操)の妾になっておりました。連れ子の何晏もまた七歳までは宮中で暮らした訳です。なので何平叔(平民のおじさん)。ちょっと気になるのは、何晏(195生)、曹叡(205生)なので、『世説新語』夙恵篇の「七歳で家に帰った」が本当ならば、宮中でともに育ったと言う部分にはずれがあるはず。何晏はその後も宮廷をウロチョロしていたというのも十分あり得る話ですけど。

*1:原注:何晏。言語篇一四節に見える。

*2:曹叡(言語篇一三節)。魏第二代の天子

*3:むぎへんに并で一文字

*4:劉孝標の注『魏略』に何晏のことを述べて「粉帛(『魏志』何晏伝注では粉白)手より去らず、行歩して影を顧みる」とあるのを引き、何晏は化粧していたという。かつ何晏は明帝とともに宮中に育ったのであるから、このような実験の必要はないと述べている。