蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-20

[][][][]衛霊公第十五を読む(その26) 20:43 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その26) - 蜀犬 日に吠ゆ

師冕、見ゆ

 衛霊公第十五(380~420)

420 師冕見。及階。子曰。階也。及席。子曰。席也。皆坐。子告之曰。某在斯。某在斯。師冕出。子張問曰。与師言之道与。子曰。然。固相師之道也。

(訓)師冕、見(まみ)ゆ。階に及ぶ。子曰く、階なり。席に及ぶ。子曰く、席なり。皆な坐す。子、これに告げて曰く、某は斯にあり、某は斯にあり、と。師冕出づ。子張問うて曰く、師と言うの道か。子曰く、然り。固より師を相(たす)くるの道なり。

(新)目の不自由な音楽家の師冕が訪問しにきた。階段の前へ来ると、子曰く、階段です。座席の前にくると、子曰く、座席です。全部が各々の座席につくと、孔子がいちいち紹介して、誰某(だれそれ)はそこにいます、誰某はそこにいます、と言った。師冕が退出した。子張が尋ねた。ああするのが、目の不自由な方と応対する方法ですか。子曰く、その通りだ。但しこういう場合には、応対する方法とは言わないで、助けてあげる方法というものだよ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫


 以上で、学問を志すものが尊ぶ『論語』下論、四十一章からなる「衛霊公」第十五は終わる。

2010-04-19

[][][][]衛霊公第十五を読む(その25) 20:43 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その25) - 蜀犬 日に吠ゆ

其の事を敬しみ

 衛霊公第十五(380~420)

416 子曰。事君敬其事而後其食。

(訓)子曰く、君に事うるには、其の事を敬しみて、其の食を後にす。

(新)子曰く、仕官した以上は、その職責を第一と考え、その報酬のことは後まわしにする。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 殺生な。霞を食べろと言うのでしょうか。

 心構えとしてはそうなのでしょうけれども、中国の「人治」ぶりを見るにつけ、儒教精神としては意外に非現実的な教条みたような章句ですね。


教えありて類なし

 衛霊公第十五(380~420)

417 子曰。有教無類。

(訓)子曰く、教え有りて類なし。

(新)子曰く、人間の差異は教育の差であり、人種の差でない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 陽貨第十七「性、相い近し」に通じる内容。


道、同じからざれば

 衛霊公第十五(380~420)

418 子曰。道不同。不相為謀。

(訓)子曰く、道、同じからざれば、相い為に謀らず。

(新)子曰く、職業が違った同士の間では、商売の相談をしあわない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

辞は達するのみ

 衛霊公第十五(380~420)

419 子曰。辞達而已矣。

(訓)子曰く、辞は達するのみ。

(新)子曰く、言葉や文章は意味がはっきり通ずれば、それが最上だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

2010-04-18

[][][][]衛霊公第十五を読む(その24) 20:43 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その24) - 蜀犬 日に吠ゆ

民の仁におけるや、水火よりも甚し

 衛霊公第十五(380~420)

413 子曰。民之於仁也。甚於水火。水火吾見蹈仁而死者也。

(訓)子曰く、民の仁におけるや、水火よりも甚し。水火は吾蹈(ふ)んで死する者を見る。未だ仁を蹈んで死する者を見ざるなり。

(新)子曰く、人民が仁の道を渇望すること、生活において水や火を必要とするが如きものがある。しかし水や火はあまり多すぎると、そこへはまって死ぬことが起きる。しかし仁の道はどんなに多く与えすぎても、それにはまって死んだ人のあることを聞かない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 だから、仁に関して遠慮はいらない。無尽蔵に惜しみなく与えるべきだということになるのでしょうねえ。


仁に当りては師に譲らず

 衛霊公第十五(380~420)

414 子曰。当仁不譲於師。

(訓)子曰く、仁に当りては師に譲らず。

(新)子曰く、仁に進む道においては、先生より先に進んでも一向構わぬ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 「礼楽」の如き、ある程度の習熟を要する技術的な部分では、師のありようを真似ぶ必要がありましょうが、心の持ちようである「仁」は、自分が天下一等だと思うべきで、そうしてそれにふさわしい行いを心掛けるべきでしょう。「師に譲らず」というのはもちろん、そのほかの誰にも譲りはしない、という意味。


君子は貞にして諒ならず

 衛霊公第十五(380~420)

415 子曰。君子貞而不諒。

(訓)子曰く、君子は貞にして諒ならず。

(新)子曰く、諸君は人物が堅造だと言われても構わないが、頭の固いのは困る。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 現実に対応しなさいという話。

2010-04-16

[][][][]衛霊公第十五を読む(その23) 20:43 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その23) - 蜀犬 日に吠ゆ

君子は小知せしむべからず

 衛霊公第十五(380~420)

412 子曰。君子不可小知。而可大受也。小人不可大受。而可小知也。

(訓)子曰く、君子は小知せしむべからずして、大受せしむべきなり。小人は大受せしむべからずして小知せしむべきなり。

(新)子曰く、諸君は細かい所には気がつかぬでもそれでよろしい。大局的な判断を誤らぬようになりなさい。もし大局的な判断が正しくできぬなら、どんなに細かい所に気がついても教養ある君子とは言えぬ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

2010-04-15

[][][][]衛霊公第十五を読む(その22) 20:43 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その22) - 蜀犬 日に吠ゆ

仁もてこれを守る能わざれば

 衛霊公第十五(380~420)

411 子曰。知及之。仁不能守之。雖得之。必失之。知及之。仁能守之。不荘以涖之。則民不敬。知及之。仁能守之。荘以涖之。動之不以礼。未善也。

(訓)子曰く、知これに及ぶも、仁もてこれを守る能わざれば、これを得と雖も、必ずこれを失う。知これに及び、仁もて能くこれを守るも、荘にして以てこれに涖まざれば、民敬せず。知これに及び、仁もてこれを守り、荘にして以てこれに涖むも、これを動かすに礼を以てせざれば、未だ善からざるなり。

(新)子曰く、知略にすぐれても、人徳によって維持するのでなければ、一度手にいれた政権も、必ずすぐ喪失してしまうものだ。知略にすぐれ、人徳によって維持することができても、信念をもって臨むのでなければ、人民は尊敬しない。知略にすぐれ、人徳によって維持することができ、更に信念をもって臨んでも、自ら礼節に従って動作して見せなければ、画竜点睛を欠くものだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 君子の道は遠い、ということでしょうか。そもそもの「知及之」でさえも、かなりハードルとして高い。しかし、天下を平らかにするなどという大それた事業を実現するためには、個人の能力としてこれくらいは要求されてしまうのでしょう。そのほかに、すぐれた輔佐者や官吏を統率しなければならないのですから、たいへんです。

2010-04-14

[][][][]衛霊公第十五を読む(その21) 20:43 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その21) - 蜀犬 日に吠ゆ

以て思うも益なし。学ぶに如かざるなり

 衛霊公第十五(380~420)

409 子曰。吾嘗終日不食。終夜不寝。以思無益。不如学也。

(訓)子曰く、吾れ嘗て終日食らわず、終夜寝ねずして、以て思うも益なし。学ぶに如かざるなり。

(新)子曰く、私の若い時、一日中食うことを忘れ、一晩中寝ることをやめて、思索に耽ったが、結局得るところがなかった。そして実事の中に学問があると悟った。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

道を憂え、貧なるを憂えず

 衛霊公第十五(380~420)

410 子曰。君子謀道不謀食。耕也餧在其中矣。学也禄在其中矣。君子憂道不憂貧。

(訓)子曰く、君子は道を謀りて食を謀らず。耕すや、餧其の中に在り。学ぶや、禄其の中に在り。君子は道を憂え、貧なるを憂えず。

(新)子曰く、諸君は修養に専念して、衣食のことは心配せぬがよい。農夫が耕作すれば自然に食物の収穫が得られるのと同じく、諸君は学問していれば自然に俸禄が向うの方から歩いてくるものだ。諸君は修養のたりないことに悩むのがよい、貧乏に心を痛めることはない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 逆にいえば、貧乏に汲々としてこだわるのは小人ということになりますね。

 餒と餧は甚だ字形が似ている上に、餒と餧とに共通して飢餓という意味がある。そこで筆者の際に誤ったことが十分考えられる。但し餧には飯の意味があるが、餒の方にはない。従来はあくまで餒に固執したために、耕しても餒(う)えることがある、と解し、この文章の意味が途中でねじれてしまい、下文とよくつながらなかった。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫