蜀犬 日に吠ゆ

2010-10-01

[][][]孫子を読む 謀攻篇(その5) 20:24 はてなブックマーク - 孫子を読む 謀攻篇(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆うからず

謀攻篇

故知勝有五、知可以戰、與不可以戰者勝、識衆寡之用者勝、上下同欲者勝、以虞待不虞者勝、將能而君不御者勝、此五者知勝之道也、故曰、知彼知己者、百戰不殆、不知彼而知己、一勝一負、不知彼不知己、每戰必殆

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 故に勝を知るに五あり。戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下の欲を同じうする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将の能にして君の御せざる者は勝つ。此の五者は勝を知るの道なり。故に曰わく、彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆(あや)うからず。彼れを知らずして己れを知れば、一勝一負す。彼れを知らず己れを知らざれば、戦う毎に必らず殆うし。


 そこで、勝利を知るためには五つのことがある。(第一には)戦ってよいときと戦ってはいけないときとをわっきまえていれば勝ち、(第二には)大軍と小勢とのそれぞれの用い方を知っておれば勝ち、(第三には)上下の人々心を合わせていれば勝ち、(第四には)よく準備を整えて油断しているものに当たれば勝ち、(第五には)将軍が有能で主君が干渉しなければ勝つ。これら五つのことが勝利を知るための方法である。だから、「敵情を知って身方の事情も知っておれば、百たび戦っても危険がなく、敵情を知らないで身方の事情を知っていれば、勝ったり負けたりし、敵情を知らず身方の事情も知らないのでは、戦うたびにきまって危険だ」といわれるのである。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

2010-09-30

[][][]孫子を読む 謀攻篇(その4) 19:54 はてなブックマーク - 孫子を読む 謀攻篇(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

君の軍に患うる所以の者には三あり

謀攻篇

夫將者國之輔也、輔周則國必強、輔隙則國必弱、故君之所以患於軍者三、不知軍之不可以進、而謂之進、不知軍之不可以退、而謂之退、是謂縻軍、不知三軍之事、而同三軍之政者、則軍士惑矣、不知三軍之權、而同三軍之任、而同三軍之任、則軍士疑矣、三軍既惑且疑、則諸侯之難至矣、是謂亂軍引勝、

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 夫れ将は国の輔なり。輔 周ならば則ち国必らず強く、輔 隙(げき)あらば則ち国必らず弱し。故に君の軍に患うる所以の者には三あり。軍の進むべからざるを知らずして、これに進めと謂い、軍の退くべからざるを知らずして、これに退けと謂う。是れを軍を縻すと謂う。三軍の事を知らずして三軍の政を同じうすれば、則ち軍士惑う。三軍の権を知らずして三軍の任を同じうすれば、則ち軍士疑う。三軍既に惑い且つ疑うときは、則ち諸侯の難至る。是れを軍を乱して勝を引くと謂う。


 一体、将軍とは国家の助け役である。助け役が(主君と)親密であれば国家は必らず強くなるが、助け役が(主君と)すきがあるのでは国家は必らず弱くなる。そこで、国君が軍事について心配しなければならないことは三つある。(第一には)軍隊が進んではいけないことを知らないで進めと命令し、軍隊が退却してはいけないことを知らないで退却せよと命令する、こういうのを軍隊をひきとめるというのである。(第二には)軍隊の事情も知らないのに、軍事行政を(将軍と)一しょに行なうと、兵士たちは迷うことになる。(第三には)軍隊の臨機応変の処置も分からないのに軍隊の指揮を一しょに行なうと、兵士たちは疑うことになる。軍隊が迷って疑うことになれば、(外国の)諸侯たちが兵を挙げて攻めこんで来る、こういうのを軍隊を乱して勝利をとり去るというのである。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 現場で担当する人の意見に耳を貸し、それをバックアップするという基本姿勢ができていなければ軍隊は動くことができない。ということですかね。

 君主たる者は一度軍を任せた将軍を尊重しなければならないのですが、我慢できずに口をだすから話がおかしくなっていくわけです。

2010-09-29

[][][]孫子を読む 謀攻篇(その3) 19:54 はてなブックマーク - 孫子を読む 謀攻篇(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

小敵の堅は大敵の擒なり

謀攻篇

故用兵之法、十則圍之、五則攻之、倍則分之、敵則能戰之、少則能逃之、不若則能避之、故小敵之堅、大敵之擒也、

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 故に用兵の法は、十なれば則ちこれを囲み、五なれば則ちこれを攻め、倍すれば則ちこれを分かち、敵すれば則能(すなわ)ちこれと戦い、少なければ則能ちこれを逃れ、若かざれば則能ちこれを避く。故に小敵の堅は大敵の擒(きん)なり。


 そこで、戦争の原則としては、(身方の軍勢が)十倍であれば、敵軍を包囲し、五倍であれば敵軍を攻撃し、倍であれば敵軍を分裂させ、ひとしければ戦い、少なければ退却し、力が及ばなければ隠れる。(小勢では大軍に当たりがたいのが常道だからである。)だから小勢なのに強きばかりでいるのは、大部隊のとりこになるだけである。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

2010-09-28

[][][]孫子を読む 謀攻篇(その2) 20:01 はてなブックマーク - 孫子を読む 謀攻篇(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

其の下は城を攻む

謀攻篇

故上兵伐謀、其次伐交、其次伐兵、其下攻城、攻城之法、爲不得已、修櫓轒轀、具器械、三月而後成、距闉又三月而後已、將不勝其忿、而蟻附之、殺士三分之一、而城不拔者、此攻之災也、故善用兵者、屈人之兵、而非戰也、而非攻也、毀人之國、而非久也、必以全爭於天下、所兵不頓、而利可然、此謀攻之法也、

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 故に上兵は謀を伐つ。其の次は交を伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む。攻城の法は已むを得ざるが為めなり。櫓・轒轀を修め、器械を具うること、三月にして後に成る。距闉(きょいん)又た三月にして後に已(お)わる。将 其の忿(いきどお)りに勝(た)えずしてこれに蟻附すれば、士卒の三分の一を殺して而も城の抜けざるは、此れ攻の災なり。故に善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも而も戦うに非ざるなり。人の城を抜くも而も攻むるに非ざるなり。人の国を毀るも而も久しきに非ざるなり。必らず全きを以て天下に争う。故に兵頓(つか)れずして天下に争う。故に兵頓れずして利全くすべし。此れ謀攻の法なり。


 そこで、最上の戦争は敵の陰謀を(その陰謀のうちに)破ることであり、その次ぎは敵と連合国との外交関係を破ることであり、その次ぎは敵の軍を討つことであり、最もまずいのは敵の城を攻めることである。城を攻めるという方法は、(他に手段がなくて)やむを得ずに行なうのである。櫓(おおだて)や城攻めの四輪車を整え、攻め道具を準備するのは、三か月もかかってはじめてでき、土塁の土盛りはさらに三か月かかってやっと終わる。将軍が(それを待つあいだじりじりして)その怒気をおさえきれず一度に総攻撃をかけることになれば、兵士の三分の一を戦死させてしかも城が落ちないということになって、これが城を攻めることの害である。それゆえ、戦争の上手な人は、敵兵を屈服させてもそれと戦闘したのではなく、敵の城を落としてもそれを攻めたのではなく、敵の国を亡ぼしても長期戦によったのではない。必らず全すなわち無傷のままで獲得する方法で天下の勝利を争うのであって、それゆえ軍も疲弊しないで完全な利益が得られるのである。これが謀りごとで攻めることの原則である。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 しかしこれを実践できた中国でも日本でも武将・軍師はほとんどいなかったのではないでしょうか。本朝では、豊臣秀吉がこれに近いか。

孫子 (1963年) (岩波文庫)

孫子 (1963年) (岩波文庫)

2010-09-27

[][][]孫子を読む 謀攻篇(その1) 20:42 はてなブックマーク - 孫子を読む 謀攻篇(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり

謀攻篇

孫子曰、凡用兵之法、全國爲上、破國次之、全軍爲上、破軍次之、全旅爲上、破旅次之、全卒爲上、破卒次之、全伍爲上、破伍次之、是故百戰百勝、非善之善者也、不戰而屈人之兵、善之善者也、

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るはこれに次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るはこれに次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るはこれに次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るはこれに次ぐ。是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずし人の兵を屈するは善の善なる者なり。


 孫子はいう。およそ戦争の原則としては、敵国を傷つけずにそのままで降服させるのが上策で、敵国を討ち破って屈服させるのはそれには劣る。軍団を無傷でそのまま降服させるのが上策で、軍団を討ち破って屈服させるのはそれには劣る。旅団を無傷でそのまま降服させるのが上策で、旅団を討ち破って屈服させるのはそれに劣る。大隊を無傷でそのまま降服させるのが上策で、大隊を討ち破って屈服させるのはそれには劣る。小隊を無傷で降服させるのが上策で、小隊を討ち破って屈服させるのはそれには劣る。こういうわけだから百たび戦闘して百たび勝利を得るというのは、最高にすぐれたものではない。戦闘しないで敵兵を屈服させるのが、最高にすぐれたことである。

金谷治訳注『孫子』 岩波文庫

 大切なのは、「全うする」のは敵の国であり、軍団であるということです。敵を倒さずして勝つ、というのを理想とする戦略があって、「やむをえず戦闘する」という戦術がありうるので、初めから戦闘する気で戦端を開くのでは戦略も何もない、戦争と言うより命がけのばくち然としてしまうのです。

孫子 (1963年) (岩波文庫)

孫子 (1963年) (岩波文庫)