蜀犬 日に吠ゆ

2009-08-07

[][][][]雍也第六を読む(その22) 21:50 はてなブックマーク - 雍也第六を読む(その22) - 蜀犬 日に吠ゆ

己れ立たんと欲して

 雍也第六(120~147)

147 子貢曰。如有博施於民。而能済衆。何如。可言仁乎。子曰。何事於仁。必也聖乎。堯舜其猶病諸。夫仁者。己欲立而立人。己欲達而達人。能近取譬。可謂仁之方也已。

(訓)子貢曰く、如(も)し博く民に施して能く衆を済(すく)うものあらば何如ぞや。仁と謂うべきか。子曰く、何ぞ仁を事とせん。必ずや聖か。堯舜も其れ猶おこれを病めり。夫れ仁者は己れ立たんと欲して人を立て、己れ達せんと欲して人を達せしむ。能く近く譬を取る。仁の方と謂うべきのみ。

(新)子貢曰く、如し普ねく人民に恩恵を施し、能く衆生を救済する人があったなら、どう言ったらよいでしょうか。最高の人物、仁者と言えますか。子曰く、それは仁者どころではない。超人的な聖人という外はない。堯舜のような聖人の天子でも、それは仲々難事としたところだ。仁者というものは、自分が立上ろうとするとき、その前に人を立上らせ、自分が到達しようと思えば、その前に人を到達させる。(奇跡のようなことを行わないでも)最も近い所で、説明のできることをするのが、仁者のやり方というものだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 宰我にくらべるとどうしても、子貢のほうに質問のセンスを感じてしまいます。(後述)

 仁者というのは君子のさらに上の、人間の到達しうる最高点であす。「聖」はさらにその上ですが、個人の能力や資質だけでなく、天命を受けて世を治めるちからのことでしょう。


 というわけで「俺が世界を変えてやる」などという荒唐無稽は脇へ置いて、「仁」の説明にはいるのですが、これは「顔淵第十二、280 己れの欲せざる所は、人に施すことなかれ」を逆から言ったものですね。ただこういうのは善意のおしつけにもつながるので、私はあまり評価したくないんです。現代日本だと、有形無形のインフラストラクチュアが充実しているので庶民の助け合いは最低限でも生きていけますから。

 人間は社会的存在である、ということを、人間はつねに考えなければならない、とするのが、儒家の主張の一つであるが、この条はそれを最もよくあらわすものの一つであろう。仁とは連帯感の意であって、天地万物、すべて自己でないものはないと考えるのが、仁であり、手足が、肉体の他の部分との連帯を失った病気、すなわち中風を、医者の言葉で「不仁」というのは、仁の字の本来の意味を、意識せずしてうまくあらわしているというのは、宋の程子の言葉であり、宋学者の好んで引くものであるが、朱子の「論語」の注は、それをこの場所で引いている。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 「おれが世界を変えてやる」のではなくて、「みんなで世界を善くしよう」というのが「仁」の心。Yes,we can!


 この条、解釈は平明のようですが、「能近取譬」あたりはいろいろにとることができるようです。

 宮崎先生は、自分の身のまわりのことで、自分が説明できることをする、と解釈しており、「近」と「譬」が何を指すかで変わるようですね。


(他人のことでも自分の)身近にひきくらべることができる。

金谷治『論語』岩波文庫

 と言うことで「近」は自分の身近、そこに「譬」で他人と自分を比べることができる、と。


ただ能く近く己の欲する所を以て他人の心に比べ、他人の欲する所もまたこのようであると知って、己の欲する所を推して他人に及ぼす

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 これです。この解釈が押しつけがましくて嫌です。自分と他人を近しいものと感じて、その心をひき比べて同じようなものだと考える、というのは、大きなお世話だと思うのですがねえ。むしろ、他人の心を自分のものとして、自分の手足を他人のために使う、ほうがよっぽどスッキリします。


近くにかくありたきことの類型(譬)を実現させようとする

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 加地先生は、近くの他人と理想的なつきあいをしろ、と解釈します。これはこれで筋道が通りますね。


譬えとは、類似、相似の意味であって、何事をも、身近な自分の身の上について事柄を考える。あることを他人にしようとする場合には、それがみずからの身の上に加えられた場合には、どうであろうかと、相似を、近い自分の身の上について、考える。それはつまり、「己の欲せざるところを恕(はか)りて、人に施すことなし」であると、古注を敷衍した宋の邢昺の「正義」はいう。こうした心がけこそは、仁の道徳の方法であるといってよろしい。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 「己の欲せざるところを恕(はか)りて、人に施すことなし」であれば話はわかるのですがね。逆(正しくは裏)はやはり分かりませんよね。近所に君子がいて、こっちはその気がないのに「さあ、君も立ち上がるんだ」とか「君が達人になれるように僕も協力するよ」とか言われたら、はっきり言うと迷惑なんですよね。


 子貢の質問について。

 呂大臨は「子貢は仁を行う志があるけれども、徒に高遠を事として、まだ、仁を行う方法を知らないから、孔子が己においてこれを取ることを教えられた。どうか卑近なところから仁に入るようにと思ったからである。これは仁を行う方法であって、『博く民に施し能く衆を済ふ』ことでも、またこれから進むのである。」と曰ってる。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 とはいいますが、子貢ほどの俊英が実現不可能な理想論を言挙げしてくるのですから、そんな単純な話ではないと思います。これは、宰我の「井戸の話」と同じで、孔子に対する挑戦挑発の類であると考えるべきではないでしょうか。

 御存じの通り聖人君子こと孔夫子は、所詮うだつのあがらない私塾経営者にすぎず、天下国家を論じるわりにはなかなか就職もままならないわけです。経世済民が君子の道であるとするなら、先生の今の状況は「仁」なんてヌルいことを言っている場合ではないのでは? という含みですね。

 もう一つ考えられるのは、巷では「おれが世界を変えてやる」系の大言壮語する政治家がしばしばあって、それに比べて孔子は地味なのでは? という問いかけですね。礼楽の道を志したならば目標は高く、夢は大きく持つべきなのではないか、と子貢は問うて見たわけです。


 いずれにしても孔子の答えは一つ。「遠い目標も結構だけど、近くの実践こそが仁の本質だよ」と。

2009-08-05

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中庸の徳

 雍也第六(120~147)

145 子曰。中庸之為徳也。其至矣乎。民鮮能久矣。

(訓)子曰く、中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民能くすること鮮(すくな)きや久し。

(新)子曰く、永遠の道たる中庸は、至れり尽くせりの徳と言うべきだ。この道が民間ですたれたことも久しいものだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 中庸の中は過不及のないこと。庸は常なりと訓じ、この常は永久の常である。過不及のない行為は、時間的に永久に繰返しても行きつまることがない、というのが中国思想の特色である。最後の句に能字を脱す。礼記の中庸篇によって補うべきである。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 中庸の徳をたたえた章句で、中庸の解説はされていないのですから(私にとって)あまりおもしろみはないといえます。

 宮崎先生のように「能」字を補わなくても、

 民鮮なきこと久し。

 人民のあいだにとぼしくなってから久しいことだ。

金谷治『論語』岩波文庫

 ですから、解釈が大きく変わるわけではありません。

 ついでに言えば、礼記の中庸篇とは、

 「中庸」という言葉が、儒家のきわめて尊重する概念であったことは、もっぱらその価値を説く「中庸」という独立の文章が、孔子の孫である子思の作として、漢代では「礼記」四十九篇中の一篇となり、さらにまた宋以後は「四書」の一つとして、極度の尊重を受けたことでも、示される。そうしてそれについては儒家のもっとも重要な思想の一つであるだけに、かずかずの論議が交されている

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 というわけで、「四書」の一角を占めます。その第二章

(第二章 凡そ四節)

(白文省略)

 仲尼曰く、「君子中庸し、小人は中庸に反す。君子中庸は、君子にして時に中すればなり。小人の中庸に反するは、小人にして忌憚するなければなり」と。

 子曰く、「中庸は其れ至れるかな。民能くする鮮きこと久し」と。

金谷治『大学・中庸』岩波文庫

 で、ほぼ同じことを言っていますね。


 「至れり尽くせり」をキーワード化したい。のですが、呉智英夫子の文庫本が行方不明。多分この本にあったのだと思うのですが。

言葉につける薬 (双葉文庫―POCHE FUTABA)

言葉につける薬 (双葉文庫―POCHE FUTABA)

2009-08-04

[][][][]雍也第六を読む(その20) 15:44 はてなブックマーク - 雍也第六を読む(その20) - 蜀犬 日に吠ゆ

君子は博く学び

 雍也第六(120~147)

144 子曰。君子博学於文。約之以礼。亦可以弗畔矣夫。

(訓)子曰く、君子は博く文を学び、これを約するに礼を以てすれば、亦た以て畔(そむ)かざるべし。

(新)子曰く、諸君は多く学んで知識を広め、礼の実践によって知識に締めくくりを与えることができたなら、先ずは学問のつぼをはずさなかったと見てよい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 八佾第三、礼は後なるかにありますように、孔子が重んじた人の道、「礼」は幅広い教養をまとめあげるものであることがくり返されます。為政第二、学んで思わざればにも通じる部分がありますが、ただ学んで博識であることに意味は少ないという儒者の現実主義が現れてきます。同じ態度が、トクする豆知識を追求する人たちからは理想主義的に見えるのでしょうけれども。


子、南子を見る

 雍也第六(120~147)

145 子見南子。子路不説。夫子矢之曰。予所否者。天厭之。天厭之。

(訓)子、南子を見る。子路、説(よろこ)ばず。夫子、これに矢(ちか)いて曰く、予が否(しから)ずとするところのものは、天これを厭(す)てん、天これを厭てん。

(新)孔子が衛公の夫人、南子と会見した。子路が大いに不服を唱えた。孔子がこれに誓っていうには、私がその時何も非難を受けるようなことをしなかったことは、天もこれをみそなわせ。天もこれをみそなわす。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 天之厭は誓いの際の常套語であろう。私の言うことは神かけて偽りがない、の意。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 南子(衛霊公の夫人)については宋朝の美参照。


 矢(ちか)いを立てるのは、子路に言われたからでしょうか。むしろ子路をなだめるためによくある誓いの言葉でお茶を濁し、あんまり深刻に考えるな、という文脈ではなかったかと推測します。

 孔子の言葉一つ一つが金科玉条であるという見方も当然ありますし、いちいち冗談を言行録に入れないだろう、という考え方の方が普通なのかも知れませんが、「焉んぞ牛刀を用いん(陽貨第十七)」のようにきちんと冗談も記録されているのが論語の特徴と言えば特徴なのではないでしょうか。

2009-08-03

[][][][]雍也第六を読む(その19) 15:16 はてなブックマーク - 雍也第六を読む(その19) - 蜀犬 日に吠ゆ

井に人あり

 雍也第六(120~147)

143 宰我問曰。仁者雖告之曰。井有仁焉。其従之也。子曰。何為其然也。君子可逝也。不可陥也。可欺也。不可罔也。

(訓)宰我、問うて曰く、仁者は之に告げて、井(せい)に人ありと曰うと雖も、其れこれに従わん。子曰く、何為(なんす)れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむべきなり。陥るべからざるなり。欺くべきなり。罔うべからざるなり。

(新)宰我が質問した。先生のおっしゃる最高の人格者、仁者という方はいま井戸に人が落ちていると言いさえすれば、すぐついてくる人ですね。子曰く、何もそんなきまりはない。仁者はさておき、一応の教養ある君子ならば、井戸の近くまではついて行くかもしれぬが、井戸の底へ落とすことはできぬ。うっかりかつがれることはあるかも知れぬが、完全に欺しおおせることはできぬ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 宰我が夫子に挑戦的な言い草。「仁者とか言いますが、悪人を甘やかしたり、むしろ悪人に利用されて相手を利するのが落ちではないですか。」しかしその発想も、議論の吹っかけ方も、たとえ話のセンスも、いかにも宰我といいますか、人間性の卑しさがにじみ出ていますね。「井戸の中に人がいるわけねーじゃん」とか返すと逆にバカにされてしまうので、注意です。宰我が、ヤマネのように無視するという可能性もあります。

 善意をもって人に接するけれども、自分を失うような事はしないのが君子の道。

2009-08-01

[][][][]雍也第六を読む(その18) 22:17 はてなブックマーク - 雍也第六を読む(その18) - 蜀犬 日に吠ゆ

觚や觚や

 雍也第六(120~147)

143 子曰。觚不觚。觚哉觚哉。

(訓)子曰く、觚にして觚ならずんば、觚ならんや、觚ならんや。

(新)子曰く、角のある觚(酒器)に真似たつもりでも、うっかり角のない觚を造ったとしたら、それは觚のつもりでも觚ではない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

2009-07-31

[][][][]雍也第六を読む(その17) 21:44 はてなブックマーク - 雍也第六を読む(その17) - 蜀犬 日に吠ゆ

斉、一変すれば

 雍也第六(120~147)

142 子曰。斉一変。至於魯。魯一変、至於道。

(訓)子曰く、斉、一変すれば魯に至り、魯、一変すれば道に至らん。

(新)子曰く、隣国の斉が脱皮すれば、昔の魯のような文化国家になれようし、我が国の魯が脱皮すれば、(本国の周がそうであったような)道義国家になるのも不可能ではないのだが。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 斉も魯も、当時で言えばどんぐりの背比べ、魯に孔子がいれば少し前の斉には晏平仲(晏子)がおり、孔子は就職を騙されたせいか、斉国の策略好きを評価しませんでしたが、魯公はまんまとひっかかり結局孔子は魯を出なければならなくなったくらいです。

 普通に考えれば、魯公もしくは重臣をおだてつつ道に従うように進めたものであると解釈できましょうが、あんまりそういう見方はないようです。